"父の「一万円」に隠された借金" 第12話
父のもそうだった。
京で族を支えた。
京で借を作った。
怪もした。
仲もできた。
息子に本を買った。
そしてその息子が、父とは違う京の歩き方を見つけた。
全部をわせて、父のだった。
葬儀を終えたあと。
隆夫は実の古い箪笥を理した。
番の引きしから、さな箱がてきた。
母が保管していた現留の封筒。
何ものもの。
。
。
。
どれも京の消印。
隆夫は通ずつに取った。
番から、見覚えのある便箋がてきた。
《今はこれだけ》
千円を送ってきた、あのだった。
裏側には、母の字がある。
《これでいい》
隆夫はしばらくけなかった。
あの、母が仏壇ので言った言葉を、の裏へき残していたのだ。
《これでいい》
たった文字。
けれど、それは父のを変えた言葉だったのかもしれない。
万円でなくてもいい。
できないことはできないと言っていい。
父親だから。
夫だから。
男だから。
いつも同じさでいる必はない。
隆夫はを元の封筒へ戻した。
父が何もかけて学んだことを、自分も忘れないようにしようとった。
昭代から代にかけて、い農から都へ働きにる季節稼ぎは、くの庭にとって珍しいものではなかった。
になると農作業が途絶える。
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それでも、子どもの学費は必になる。
税も払う。
肥料も買う。
も直す。
現収入を得るため、男たちはい京や神奈川へ向かった。
度経済成の都は、彼らの労働を必としていた。
。
ビル。
宅。
鉄。
に本の発展を象徴する景のくは、名さえ残らない勢の働きによって造られていった。
栄吉も、そののだった。
ただ彼は、自分がどんな環境で働いているかを族へほとんど話さなかった。
族へ見せたのは、毎の万円だけだった。
万円届けば、しのはする。
子どもたちも、
「父ちゃんは元気に働いている」
とう。
そして栄吉自も、
「自分は族を養っている」
とうことができた。
その数字が、いつしか彼にとって父親である証になった。
だからで仕事が減っても。
現が止まっても。
から落ちても。
万円だけは減らせなかった。
りなければ借りした。
それは族へのでもあり、同に栄吉自の器用な見栄でもあった。
族に必だったのは、毎同じ万円ではなかった。
千円なら千円。
千円なら千円。
働けないはゼロでもいい。
その代わり、
「今は苦しい」
とらせてほしかった。
族とは、何もかもで背負い、成功した姿だけを見せる相ではない。
失敗も。
怪も。
りないも。
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緒に考える相だった。
隆夫は父と違うを歩いた。
父が京の建築現で体つを使って働いた経験から、隆夫は技術をにつけることを選んだ。
それは父を否定したのではない。
父が歩いたを見たからこそ選べた、次のだった。
晩、隆夫は父からもらった結婚祝いの万円札を、い使わず取っておいた。
何も経てば、その札自体にきな価値があるわけではない。
それでも捨てられなかった。
借で作った万円ではない。
怪を隠して作った万円でもない。
誰かにさを証するための万円でもない。
「今の自分に無理なくせるのは、これだけだ」
そう言って渡せるようになった父の万円だった。
隆夫にとって、その万円は、父が京から何も送り続けたどの万円よりかった。
そして同に。
どの万円より、軽かった。
父のも。
借も。
苦しさも。
何も背負っていないだったからだ。
栄吉の、隆夫は箱のの現留を理した。
最に残したのは通だけだった。
通は、父が初めて万円を回る千円を送った封筒。
《今はこれだけ》
もう通は、自分の結婚祝いにもらった万円の袋。
つを並べて見ると、隆夫には父のいがそのに挟まっているようにえた。
何も。
隆夫は京から帰る列の窓越しに、父を見た。
きいとっていた父が、ホームでさくなっていった。
あの初めて、自分は父を「父親」ではなく、のとして見たのだとう。
いところもある。
違える。
見栄を張る。
怖がる。
それでも族をう。
だからこそ、族も助けることができる。
隆夫は箱の蓋を閉めた。
ではがり始めていた。
父が京へ向かっていた頃と同じ、静かなのだった。
けれど今、隆夫のでは、誰かがでがる必はない。
苦しいには、
「苦しい」
と言えばいい。
りないには、
「今はこれだけ」
と言えばいい。
それを受け取った族が、
「これでいい」
と言える。
父が何も借をしてまで守ろうとした万円より、最に佐藤へ残ったのは、そのいつの言葉だった。
《今はこれだけ》
《これでいい》
そのつが言えるまでに、父と族はずいぶん回りをした。
けれど隆夫はっている。
回りだったからこそ、忘れなかったのだと。
父が京で稼いだ額ではない。
何棟の建物を造ったかでもない。
何稼ぎを続けたかでもない。
自分たちの族に最まで残ったものは、
「いところまで見せても、族でいられる」
という、ごく当たりのことだった。
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