みかん小説
本棚

"十年分の船代で始まった一人旅" 第2話

「お父さん、気に入った物はしまい込むなってよく言ってたでしょう。使うために買った物は使え、って。これも同じなんじゃない?」

翌朝、私は話をかけた。

直で空いていたのは、内側の利用客だけだった。で使っても料は分にく、百万円の封筒はかなり軽くなる。それでも私は予約した。

乗した、部へ入ると、細いベッドが台並んでいた。

窓はない。

気を消せば昼でも真っ暗になる部だった。

私は常夫の写真を、使わない方のベッド脇へ置いた。

「分払ったから、そっちはあなたね」

誰も聞いていないのに声にすと、しだけ笑しくなった。

翌朝は見事に寝坊した。窓がないから朝が来たことに気づかず、計を見たには朝終まで分しかなかった。慌てて廊へると、若い客係の女性が私を見つけて声をかけてくれた。

「杉本様、お事でしたらまだにいます。い階段をご案内しますね」

彼女は私のカードのも、部の階も見なかった。

ただ名を確認し、笑って案内してくれた。

それだけのことが、妙に嬉しかった。

ところが朝、エレベーターで千鶴子さんと会った。

「眠れた?」

「ぐっすり寝すぎました」

「でしょうねえ。内側って朝が来ないものね。私たちはバルコニーだから、朝で自然に目が覚めるのよ。

広告

慣れると戻れないわ」

千鶴子さんはそう言うと、胸元にげたの会員カードを指でえた。

乗回数によってが変わるカードだった。

私のカードは。

吉さん夫妻も。

千鶴子さん夫妻は、位会員を示す。

彼女がを見る、まず確認していたのは顔ではない。

カードのだった。

目になると、夕の席で何を聞かれるか、だいたい分かるようになってきた。

「の寄港、どのツアー?」

「普通の観バスです」

「まあ。私たちはを台お願いしたの。勢でぞろぞろ歩くのが苦でね」

次はだった。

「そのブラウス、旅用?」

「娘が持たせてくれたんです」

「そう。のフォーマルナイトは皆さん結構きちんとなさるから、し驚かれるかもしれないわね」

悪気がないふりをするのがなだった。

ところが千鶴子さんの夫、隆さんは、妻がそういう話をするたびに妙な顔をした。笑っているようで、元だけが引きつっている。折、「そのくらいにしたら」と言いかけるのだが、結局いつもみ込んでいた。

そののデザートで桃のタルトがると、吉さんの顔がぱっとるくなった。

「これ、美しいですね」

それまで千鶴子さんの話へ相槌しか打たなかったとはえないほど、嬉しそうだった。

私は言った。

「お好きなんですか?」

「甘い物だけは昔から。

広告

主には子どもみたいだって言われます」

正さんが横から笑った。

「旅へ来たら毎ケーキをべるって宣言してるんです」

そのだけ、吉さんは本当に楽しそうだった。

けれど千鶴子さんがを挟んだ。

「せっかくに乗ったなら、お菓子よりオークションを見た方がいいわよ。から絵の展示が始まるでしょう?」

彼女は待っていましたとばかりに話し始めた。

、こので名作の版画を買ったこと。

万円以したこと。

陸のではもっといと言われたこと。

「へ戻ってから価値ががる楽しみもあるの。旅の記にいお産を買うのとは違うでしょう?」

最の言は、私が寄港で買った千円ほどのガラス細を見て言ったのだろう。

青い魚だった。

私はそのの昼、港町の坂にあるさなで見つけた。へ透かすと尾の部分がしだけ緑に変わるところが気に入った。

値札を見るに、「これがいい」とった。

常夫なら、たぶんそういう買い方をした。

夕、吉さんとで廊を歩いた。

「私、のオークション見てみようとうんです」

「絵がお好きなんですか?」

吉さんはし考えた。

「好きかどうかも、よく分からないんです。でも、せっかく退職祝いで来た旅だから、何かちゃんとした物を残したくて」

「ちゃんとした物?」

「千鶴子さんが、で買った絵ならに話せるって」

そこで私はを止めた。

吉さんの顔は、桃のタルトをべたの顔とは違っていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: