"十年分の船代で始まった一人旅" 第4話
さっきの事で黙らされたことが、まだ引っかかっているのだろう。
私はらなかった。
「だから、絵の価値のことは何も言っていません。吉さんがこの絵を毎見たいのか、それだけ聞いたんです」
千鶴子さんは笑った。
「毎見る必なんてないでしょう。うちにあるの作品だって――」
そこで横にいた隆さんが、何気なく言った。
「まだ箱からしてないけどな」
千鶴子さんの顔が止まった。
「あなた」
「だって、そうだろう。届いたまま納戸に置いてある」
周囲の何かが振り返った。
千鶴子さんは顔を赤くした。
「額を傷つけたくないからでしょう」
「そうだったかな」
夫婦のに妙な沈黙が流れた。
私はその会話を聞いて、常夫の癖をいした。
「主がよく言っていました」
今度は吉さんへ向けて話した。
「本当に気に入って買った物は、しまい込まないものだって。毎目につくところへ置きたくなるって」
吉さんはしばらく絵を見ていた。
やがて、げかけていた札を膝へ戻した。
「今はやめます」
正さんがさく息を吐いた。
「でもう度考えよう」
「うん」
の声は、初めて同じ方向を向いていた。
絵は別の乗客が落札した。
拍が起こる。
会は何事もなかったように次の作品へんだ。
ところが休憩、見らぬ女性が私たちのところへ来た。
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「さっきの作品ですけど」
代くらいのだった。
「同じ作さんの似たシリーズを、先、横浜の画廊で見ました。ずっとかったですよ。もちろんきさも額も違うから単純比較はできませんけど」
吉さんと正さんが顔を見わせた。
私は驚いたが、千鶴子さんの方はもっと驚いていた。
「そんなはずないわ」
女性は肩をすくめた。
「ですから、同じ作品だとは言っていません。ただ、買うならをりてから調べても遅くないとって」
そう言ってっていった。
千鶴子さんは何も言わなくなった。
の絵を箱からしてもいない。
それでも価値ががると信じ、今もへ勧めている。
私はそこで、彼女が絵を好きなのではなく、別の何かを買い続けているのだと気づき始めた。
翌朝、吉さん夫妻は内のインターネットコーナーへった。
私は誘われたが、絵の価値を緒に調べるほどの識もないので断った。代わりに甲板へて、まだのないを眺めた。
昼に再会すると、吉さんはし恥ずかしそうに笑った。
「同じ作さんでも値段はいろいろなんですね」
「そうなんですか?」
「サイズも制作も違うから比べられないんですけど、私、万円なら全部すごい物なんだとってました」
正さんが横から言った。
「俺もですよ。で売ってるんだから違いないだろうって」
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は結局、買わないことにしたという。
「帰ってからで画廊を見にって、本当に欲しいものがあれば買います」
その決め方なら、私は何も言うことがなかった。
午、内のギャラリーへち寄ると、担当スタッフが作品説のカードを並べ直していた。私は昨聞いた「投資」という言葉がし気になり、い切って尋ねた。
「作品の値段って、将来がるものなんでしょうか」
スタッフはすぐには答えなかった。
「作品によります。ただ、将来の価格を保証できるものではございません。こちらの参考価格も、での売却価格を保証するものではありませんので」
私は頷いた。
当たりの話だった。
けれど千鶴子さんは毎晩、「買えば価値ががる」と断言していた。
スタッフが悪いわけではない。
作品が悪いわけでもない。
誰かが好きで万円を払うなら、それもそのの選択だ。
問題は、好きかどうかより「買える自分」を見せるために額を使うことなのだろう。
夕でその話をするつもりはなかった。
ところが千鶴子さんの方から切りした。
「吉さん、昨は残だったわね。せっかくの会だったのに」
「残ではないです」
吉さんは穏やかに答えた。
「主と相談して、帰ってから好きな絵を探すことにしました」
以の彼女なら、「そうですね」
とわせていただろう。
千鶴子さんもそれを予していたらしく、瞬言葉に詰まった。
「まあ……それもいいでしょうけど」
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