"十年分の船代で始まった一人旅" 第6話
ただ、に乗った、周りのが皆そう言っていたの。だから私もそういうものだとって」
「そうですか」
「私を馬鹿にしている?」
「していません」
本当にしていなかった。
「私は絵の価値が分からないので。千鶴子さんが気に入って買ったなら、それでいいんじゃないですか」
千鶴子さんの目が揺れた。
「まだ箱からしてないのよ」
「はい」
「隆が余計なことを言うから」
私はへ線を戻した。
「してみたらどうですか?」
「え?」
「せっかく買ったんですから。度くらい、ちゃんと見た方がいいといます」
千鶴子さんは返事をしなかった。
それからちがり、
「夕で」
とだけ言った。
っていく背は、いつもよりしさく見えた。
その夜の夕では、千鶴子さんはほとんど話さなかった。
代わりに隆さんが、初めて自分から話題をした。
「杉本さん、朝く甲板へるといいですよ。は峡を通るから、のがきれいらしい」
「そんなに起きられるかしら」
「内側の部なら目覚まし必須ですよ」
隆さんが笑った。
千鶴子さんが夫を見た。
以なら、「バルコニーなら目覚ましなんてらない」と言ったかもしれない。
けれど何も言わなかった。
翌朝半、私は目覚ましをつセットして起きた。
甲板へると、はたく、もまばらだった。
平線はまだ黒い。
広告
やがて空の端がからい桃へ変わり、そのに細いの線が伸びていった。
私はすりに両を置いた。
「常夫」
さく呼んだ。
返事はない。
けれど、議と寂しくなかった。
「見せたかったな」
その、しれたところから、
「きれいですね」
と声がした。
見ると、乗初に会った若い客係だった。
仕事の途なのか、タオルを抱えている。
「毎回見てもきれい?」
私が聞くと、彼女は笑った。
「毎違いますから」
その言葉を聞いて、私はった。
同じへ何回乗ったか。
どの部へ泊まったか。
それも、そののいには違いない。
けれど回数がいから、初めてのよりをよく見ているとは限らない。
度目の朝でも、に残るのはある。
朝会へくと、今は自由席だった。
吉さん夫妻が窓際でを振った。
その向こうに千鶴子さん夫妻もいる。
私が座ると、吉さんが言った。
「昨、主と話したんです。退職の部を、帰ってからで使うことにしました」
「何に?」
「まだ決めません」
正さんが笑った。
「それが番いいんです。昨まで、何か記品を買わなきゃって焦ってたから」
千鶴子さんは黙ってトーストへバターを塗っている。
吉さんは続けた。
「欲しいものができたに使います」
その言葉を聞いて、私は封筒の残りをった。
常夫の百万円は、使うほど減っていく。
広告
それでいい。
おは残すためだけにあるわけではない。
も同じなのだろう。
午、隆さんと廊できりになった。
彼はし迷ったあと、
「昨は妻が失礼しました」
と言った。
「昨だけではないですけど」
わず本音がた。
隆さんは苦笑した。
「そうですね。本当に」
私は謝らせるつもりはなかった。
「どうしてあんなにの回数を気にするんでしょう」
それだけ尋ねた。
隆さんはしばらく黙った。
「会社を辞めてからなんです」
「退職して?」
「私が勤めていた頃は、内は会社関係の集まりにる会がかった。肩のあるの奥さんとして扱われることに慣れていたんでしょう。退職したら、それが全部なくなった」
代わりに始めたのがクルーズだった。
同じへ何度も乗れば会員ランクががる。
専用のラウンジが使える。
顔見りも増える。
「最初は純粋にが好きだったはずなんです。それがいつのにか、何回乗ったかを気にするようになってしまった」
「隆さんは?」
「私は回目くらいから、どこへったか全部混ざってます」
で笑った。
「絵も、本当は私が反対したんです。内、絵なんてほとんど見ないから。でも周りが買っていて、自分だけ持っていないのが嫌だったらしい」
理由をっても、千鶴子さんの言葉が正しくなるわけではない。
けれど、しだけ見え方が変わった。
誰かをに置くは、自分がいところにいるからそうするとは限らない。
広告
おすすめ作品
-
完結第17話
しおれた野菜と30万円
正月準備のため妻・綾野に三十万円を預けた修平が帰宅すると、冷蔵庫は空になり、綾野はしおれた野菜を抱えて震えていた。防犯カメラには、合鍵で侵入した母・久美子と妹・ゆりが、食材と現金を奪い、「妻が使い込んだことにする」と脅す一部始終が残されていた。 修平は援助や契約を停止し、父の遺品を調べる。その結果、母は前夫の家から二百万円を持ち逃げし、血のつながらない修平を守ろうとした父に返済を肩代わりさせていたことが判明する。完済後も母は架空の利息をでっち上げ、修平の出生を暴露すると父を脅して、長年金を奪い続けていた。人生逆転|嫁姑|夫婦|絶縁|修羅場2.5万字5 1196 -
完結第14話
私の退職金を奪った家族に、私は何も言わず家を出た
妊娠中の麻衣が13年間勤めた会社を退職すると、夫の竜太は退職金420万円を無断で義母の口座へ送金した。「嫁の金は家のために使うもの」と言う義母。返金を求めた麻衣に、夫は「文句があるなら出ていけ」と告げる。 麻衣は実家へ戻り、保存していた送金記録を持って弁護士に相談する。返還を求められた義母は「預かっただけ」と主張するが、自ら提出した口座明細には、夫の奨学金を返すために動かした60万円の記録が残っていた。 420万円を取り戻しても、麻衣は壊れた信頼まで元に戻ったとは思えなかった。離婚後、娘を産み、かつての職場へ復帰する。誰に許可を求めることもなく、自分で稼いだお金の使い道を、自分の手帳に書き込んでいく。嫁姑|夫婦|金銭問題2.2万字5 460 -
完結第12話
入院中、母が勝手に老人ホームへ送られていた
交通事故で一週間入院した菜緒は、母・春江と連絡が取れないことを夫・健太に訴える。しかし健太は「元気にしている」と嘘を重ね、退院後に実家へ向かうと、母は姿を消し、家財や通帳、土地の権利証まで段ボールに詰められていた。 健太は、足の悪い春江に「娘は長期入院し、家も売る」と吹き込み、無断で老人ホームへ入れていた。目的は実家を売却し、残金を自分たちの生活に使うことだった。施設の隅で「娘に捨てられた」と泣く母を見つけた菜緒は、虚偽による入居契約の無効を主張し、その場から母を連れ帰る。 菜緒は直ちに、八年間続けてきた義父母への月十五万円の送金と家族カードを停止し、自分名義の定期預金三百五十万円も安全な口座へ移す怒り|夫婦|親不孝|金銭問題|修羅場1.7万字5 731 -
完結第11話
父の葬儀を捨てた夫へ、亡き父が遺した最後の証拠
父の葬儀の読経中、夫のスマホが3度震えた。 「会社で緊急のトラブルがあった」 そう言って席を立った夫は、私の父を見送ることなく姿を消した。 喪主だった私は、何も言えず一人で最後まで葬儀を終えた。 その夜、冷たい家に戻ると、午前2時57分―― 亡くなったはずの父の名前から、メッセージが届いた。 「誰にも言わず、母さんの墓へ行きなさい」 半信半疑で向かった先で、父が残していたものを見つけた。 そこに入っていたのは、夫の知られざる裏切りと、私を守るための証拠だった。 そして私は初めて知った。 父は最後の日まで、私の人生を守ろうとしていたのだ。夫婦|親子関係|修羅場|不倫1.6万字5 618 -
完結第19話
夫に捨てられた盲目の妻が隠していた秘密
三年前の事故で失明した咲は、夫・拓也から介護を疎まれ、深夜のサービスエリアへ置き去りにされる。しかし車が消えた直後、彼女はサングラスを外した。視力はすでに回復しており、拓也の不倫や財産強奪を知った咲は、義父・吉夫と協力して千日間“盲目の妻”を演じ、証拠を集めていた。 拓也は愛人リカと会社の金を横領し、咲の三億円の遺産まで奪って海外逃亡を企てる。だが口座は凍結され、持ち出した札束は新聞紙にすり替えられていた。さらに、寝たきりだと思っていた吉夫も回復しており、部下だと信じていた健太も内部調査員だったと判明。拓也は懲戒解雇され、横領の刑事告訴と五億円の連帯保証債務を突きつけられる。 すべてを失った拓也が助命を乞うなか、咲は最後の「答え合わせ」を始める。三年前に彼女を失明させたトラック事故は、偶然ではなかったのではないか――その一言を聞いた拓也は顔面を蒼白にする。物語は、事故に隠された拓也最大の罪が明かされる直前で途切れている。裡切られた|夫婦|修羅場2.8万字5 537 -
完結第13話
私を捨てた元婚約者が、十数年後に知った本当の私
高校卒業二十周年の同窓会に、招待されていない富本吉春が、社長令嬢の妻・エミナを連れて現れる。十四年前に婚約者だった医師・真子を裏切った彼は、「金持ちと結婚した俺だけ幸せでごめんな」と公然と嘲笑するが、真子は静かに「本当にそう思う?」と問い返した。 かつて吉春は、激務の真子に家事と結婚準備を押しつけたうえ、同級生の美雪を自宅へ連れ込み、開き直って婚約を破棄していた。両親に慰謝料まで肩代わりさせた彼と縁を切った真子は、その後、誠実な同級生・小関京介と再会して結婚。京介は倒産寸前の家業を、東証プライム上場企業へ成長させた経営者になっていた。 同窓会場で真子が過去の浮気と卑劣な責任逃れを暴露すると、吉春の虚飾は崩れ始める。そこへ京介が現れ、真子の夫だと判明。さらに吉春の妻エミナは彼を見るなり「小関社長」と青ざめる。物語は、エミナと京介の関係、そして吉春の“勝ち組”という嘘が暴かれる直前で途切れている。夫婦|裡の顔|不倫2.0万字5 853 -
完結第13話
毎月7000円を隠していた夫の20年の秘密
昭和48年、給料が銀行振込に変わった日、文子は夫・昭雄の給料が、毎月受け取っていた額より7000円多いことに気づく。家計簿を遡ると、その差は十年以上も続いていた。 やがて夫の上着から見つかったのは、静岡に住む「山本和子」への振込控え。昭雄は、その女性へ約20年間送金していたことを認めるが、理由を話そうとしない。 夫婦で築いてきた暮らしの裏に、何があったのか。文子は昭雄の言葉を待つのをやめ、和子に直接会いに行くことを決める。時代|歴史|昭和|金銭問題1.9万字5 275 -
完結第14話
薬を忘れて戻ると、「歩けない」夫が立っていた
腰の手術後、「一人では歩けない」と訴える夫・健太を介護し、毎週末義実家まで送り続けていた佐織。ところが薬を届けるため引き返すと、健太は電話で「嫁は帰った」と告げ、車椅子から何事もなかったように立ち上がった。 夫を尾行した佐織が目にしたのは、金融業者が入る雑居ビルへ元気に歩いて入る姿だった。病院で確認すると、健太は3週間前から自由歩行を許可されており、痛みを誇張して休職を延長していたことも判明する。 さらに健太は450万円の連帯保証債務を抱え、借金返済のため、休職中に会社の機密情報流出へ関わっていた。義母も息子が歩ける事実を隠し、佐織を無給の介護役兼運転手として利用していたのだ。 佐織は夫を庇わず、記録と証拠を会社や弁護士へ提出し、離婚と財産保全の手続きを進める。嘘の車椅子から立ち上がった夫が社会的信用を失う一方、佐織が誰かを背負う生活を終え、自分の足で新しい人生を歩き始める再生物語。夫婦|介護|金銭問題|不倫2.1万字5 534