みかん小説
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"十年分の船代で始まった一人旅" 第7話

へ落ちるのが怖くて、必に線を引いていることもある。

その夜、千鶴子さんは突然、私に聞いた。

「ご主、どんな方だった?」

私はし驚いた。

「無なでした。から帰ると、まず靴を磨く」

「毎?」

「毎。休みのまで」

吉さんが笑った。

「几帳面だったんですね」

「でも旅の計画は雑でしたよ。『定したら』だけで、どのかも何泊かも決めてない」

みんなが笑った。

千鶴子さんも、しだけ笑った。

その晩、初めて事の最まで客番号の話がなかった。

航の半になると、私はので迷わなくなった。

朝会へのも覚えた。

洗濯の空くも分かった。

でラウンジへ入り、窓際へ座ることにも抵抗がなくなった。

最初は「夫の代わりまで楽しもう」とっていた。

けれど途から、それが違う気がしてきた。

常夫の分までべることも、常夫の分までを見ることもできない。

私ができるのは、自分のを過ごすことだけだ。

内ではさな芸教があり、私はそこで革のキーホルダーを作った。

端がし曲がった。

刻印も文字ずれた。

それでも気に入った。

吉さんは青い糸でさな巾着を縫い、正さんは器用に妻の針へ糸を通していた。

「これも旅の記ですよね」

吉さんが言った。

「しかも無料」

私は答えた。

で笑った。

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午、売で千鶴子さんと会った。

彼女は価な宝飾品ではなく、港の絵が描かれたさなマグカップをにしていた。

「それ、いいですね」

私が言うと、千鶴子さんはし気まずそうにした。

「隆が毎朝コーヒーむから」

「じゃあ毎使えますね」

瞬、彼女は私の顔を見た。

「そうね」

そのままレジへ持っていった。

値段は千円ほどだった。

夕方、部へ戻る途、私はなぜか嬉しくなった。

千鶴子さんが変わったからではない。

は数でそんなに簡単には変わらない。

ただ、あのも値段を見ずに欲しい物をに取る瞬があるのだとったからだった。

その夜、が荒れた。

夕から体がゆっくりきく揺れ、廊を歩くにもすりが必になった。私はめに部へ戻り、酔い止めをんで横になった。

気を消す。

窓のない部は、いつも以に暗かった。

そこで急に、常夫がいないことが胸へ押し寄せてきた。

ここまで平気だったのに。

へ乗れた。

で堂へけた。

らないとも話せた。

何度も笑った。

だから自分はもう丈夫なのだとっていた。

けれど暗のでは、隣のベッドが空いていることだけがはっきり分かった。

「あなた、緒に来るんじゃなかったの」

声にした瞬、涙がた。

子どものように泣いた。

常夫がくなった夜よりも泣いた。

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あのは葬儀社へ連絡し、親戚へ話し、病院から荷物を持ち帰り、泣く暇さえなかった。

半分の涙が、暗い部でようやくてきた。

どれくらい経ったか分からない。

内話が鳴った。

驚いて取ると、客係の女性だった。

「杉本様、お加減はいかがですか? 揺れがいため、各お部へ確認のお話をしております」

「丈夫です」

声が震えた。

しがあった。

「何か温かいおみ物をお持ちしましょうか」

「いいえ。本当に丈夫」

話を切ったあと、議と呼吸が戻った。

私は枕元の常夫の写真をに取った。

「丈夫だって言っちゃった」

写真の常夫は、いつもの無表にい顔だった。

「あなたなら『なら寝ろ』って言うわね」

またし泣いた。

でも今度は笑いながらだった。

翌朝、は穏やかになっていた。

私は遅い朝へった。

吉さんが私の顔を見るなり、

「目、赤いですよ」

と言った。

「昨、酔いで」

半分だけ嘘をついた。

すると千鶴子さんがなことを言った。

「の部で具悪いとでしょう。次に揺れたら連絡して。部、いから」

私はしばらく彼女を見た。

「ありがとうございます」

それだけ答えた。

最終寄港には、さな美術館があった。

吉さん夫妻とで入った。

名な作品が並んでいるわけではない。

元の画が辺を描いた油絵や、古い港の写真がだった。

私は枚のさな彩画のでを止めた。

夕暮れの港。

岸壁にの。

くにい。

値段は万千円。

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