"夫を亡くした翌日、社宅を追われました" 第1話
夫の葬儀を終えた翌の午、黒い腕章をつけた男が、藤田の玄関先にっていた。
は夫・修が勤めていた浜械の総務課、成瀬だった。もうは代半ばほどの見覚えのない若い社員で、玄関のに鞄を抱えたままち、何度も紀子と目がいそうになるたびに線を落としていた。
「藤田さん、このたびは本当に……」
成瀬が々とをげた。
紀子はまだ喪を脱いでいなかった。昨までのには親戚や所の者、会社の同僚が絶えず入りし、今朝になってようやく祭壇のが静かになったばかりだった。ぶりに噌汁を作り、子どもたちへ温かいものをべさせられたと堵していたところである。
「どうぞ、おがりください」
紀子が言うと、成瀬は困ったように首を振った。
「いえ。今は玄関で結構です」
そして黒い革鞄をき、枚のを取りした。
紀子は、退職か弔慰の説だとった。
の番にかれていた文字を読むまでは。
《社宅渡しについて》
何のことなのか、すぐには分からなかった。
「……これは?」
「社宅は、職の社員とその扶養族へ貸与する宅です」
成瀬はゆっくり言った。
「ご主がおくなりになりましたので、社宅規程、以内に退していただくことになります」
広告
紀子はと男の顔を交互に見た。
「?」
「はい」
「には、ここをろということですか」
「規則ですので」
その言葉を聞いた瞬、紀子は初めて自分のを見回した。
結婚した昭、修が会社から割り当てられた造の社宅だった。戦の物ので入居した頃は畳も傷み、窓枠も歪んでいたが、夫婦でしずつ直した。台所の棚は修が廃材で作り、柱にはの子どものを測った鉛の線が何本も残っている。
男の正も。
歳の子も。
歳の浩も。
このから学へ通い、このでをし、こので誕を祝った。
暮らしてきて、度も「借り物の」という言葉を識したことはなかった。
「夫は、御社で働きました」
気づくと、紀子はそう言っていた。
成瀬はをげた。
「もちろん承しております」
「働いて、くなった翌にをてくださいと言われるんですか」
「今すぐ、ということではありません。の猶予が……」
「昨、葬式だったんです」
声が震えた。
紀子自にも止められなかった。
「昨まで、会社の皆さんがここで修のことを派だった、よく働いたって言ってくださったでしょう。その翌にでろと言われて、私はどこへけばいいんですか」
成瀬は答えなかった。
代わりに、ろの若い社員がほんのわずかに顔をげた。
広告
その、奥の襖がいた。
歳の正だった。
に学を卒業したばかりで、昨の葬儀でも泣かなかった。父親の棺を運ぶだけ唇をく噛み、それ以来ずっとの顔をしていた。
「母さん」
「正」
「もういいよ」
その言が、紀子にはたまらなく惨めだった。
歳の息子に止められている。
成瀬はもう枚の類をした。
「退職と弔慰につきましては、精算が済み次第、改めてご説します。それから会社としても、能な範囲で今の活についてご相談に乗るつもりです」
「をたあとも?」
「もちろんです」
紀子はを受け取らなかった。
「相談ではなく、むところが必なんです」
男は何も言えなかった。
最に若い社員が、置き所を迷うように類を玄関の棚へ載せた。
帰り際、その若い男だけが振り返った。
何か言いたそうな顔だった。
しかし成瀬に呼ばれると、結局言も発せずについていった。
戸を閉めたあと、紀子は《以内》という文字をもう度見た。
昨まで、夫を失ったことだけで精いっぱいだった。
今からは、まで失う。
そしてその夜、もっとく別のものを諦めようとしているがのにいることを、紀子はることになる。
その晩、卓にはが座っていた。
紀子、正、子、浩、そして姑のトメ。修がいつも座っていた所だけが空き、誰もそこへ茶碗を置かなかった。
にいトメは、噌汁を半分ほどんでからをいた。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
集団就職で東京へ出た姉は、名前を奪われた
「明日、全部話す。冬子たちは絶対にこの工場へ来ちゃ駄目」 昭和45年12月、東京の部品工場で働く姉・春江は、そう電話をかけてきた。 翌朝、姉は女子寮から姿を消した。 作業服も保険証も残したまま、編みかけの赤いマフラーには針が刺さっていた。 会社は、姉が貯蓄会の四十二万円を持ち出し、映写技師の男と逃げたと発表した。 父は姉から届いた手紙をすべて焼き、警察にも届けなかった。 冬子が灰の中から拾えたのは、最後の一行だけ。 《会社は、私たちの給料だけでなく、名前まで預かっている》 それから二十六年後、社会保険事務所から一通の照会状が届く。 亡くなった別の女性の年金記録に、姉と同じ指紋が使われていたのだ。 さらに死亡診断書には、その女性にはなかった身体的特徴が記されていた。 《右手人差し指、第一関節より欠損》 その傷を持っていたのは、失踪前の事故で指先を失った春江だった。時代|歴史|昭和2.3万字5 0 -
完結第14話
旅館に残された姉
「修平の合格通知は、お父さんに見せてはいけない」 昭和43年、母は長男の大学合格を三日間隠し、私に命じた。 「あなたが弟を連れて、入学手続きを済ませてきて」 父に逆らってでも弟の未来を守ろうとする母を、私は初めて頼もしいと思った。 けれど、その夜。 母が父へ放った一言で、私の喜びは消えた。 「芳子が残れば、旅館は何とかなります」 私は十五歳から五年間、厨房、掃除、配膳、帳場まで無給で働いてきた。 それでも両親にとっては、すべてただの「家の手伝い」。 弟には外へ出る道を作り、私にはその穴を埋めさせるつもりだった。 私は自分が担ってきた仕事と、代わりの人を雇った場合の人件費を一枚の紙へ書き出した。 「家族だからって、私の仕事がただになるの?」 父はその紙を丸めて捨てた。 一か月後、私は旅館を出た。そして数年後、経営に行き詰まった父が私を迎えに来た時、同じ紙をもう一度差し出した。時代|歴史|昭和2.1万字5 0 -
完結第13話
昭和39年、空の給料袋を盗んだ女
「テレビの裏を――」 警察車両に乗せられる直前、母は窓越しにそう口を動かした。 昭和39年、東京五輪の開会式で社宅食堂が沸く中、停電が発生。 そのわずか十二分間に、工員二十四人分の給料袋が消えた。 予備鍵を持っていた母・静江は逮捕され、途中から犯行を認めた。 しかし、総額七十四万円は一円も見つからなかった。 娘の弘美は「泥棒の娘」と呼ばれ、母と離されたまま三十一年を生きる。 そして平成7年、取り壊される社宅の白黒テレビの裏から、油紙の包みが落ちた。 中にあったのは、空の給料袋二十四枚と、同じ人数分の給与明細。 そのうち七人は、事件の二年前に工場事故で亡くなっていた。 なぜ会社は、亡くなった工員へ給料を払い続けていたのか。 明細を見せられた父は青ざめ、弘美にこう告げた。 「これ以上調べたら、お前まで戸籍を失う」時代|歴史|昭和2.3万字5 0 -
完結第11話
名門野球部で、僕らは声を失った
「3年は神、2年は平民、1年は虫けらだ」 昭和60年、甲子園を夢見て名門野球部へ入った15歳の実は、入寮初日にそう告げられた。 笑顔も私語も禁止。 練習中に水を飲むことさえ許されない。 喉の渇きに耐えきれず、実は便所に置かれた清掃用の泥水をすすった。 それでも辞めなかった。 ここで耐え抜けば、甲子園へ行けると信じていたからだ。 ところがある深夜、食堂から一本のマヨネーズが見つかり、1年生全員が呼び出された。 犯人として名乗り出た同期の胸元から、一枚の手紙が落ちる。 そこには、寮内で繰り返されてきた暴力と、密かに処理された負傷者たちの名前が記されていた。 少年はその夜、「反省室」へ連れていかれた。 そして翌朝、学校は彼の退学を発表したが――部屋に残された履物だけは、誰の手にも触れられていなかった。時代|歴史|昭和1.7万字5 0