"夫を亡くした翌日、社宅を追われました" 第2話
「紀子さん。実へ帰りなさい」
紀子は顔をげた。
「帰れません」
「お兄さんがおるだろ」
「兄のは畳ですよ。子どもがいます」
紀子の父はにくなり、実は兄夫婦が継いでいた。葬儀にも兄は来たが、「困ったら帰ってこい」とは言わなかった。それをだとはわない。言いたくても言えない暮らしなのだと、紀子にも分かっていた。
トメは淡々と続けた。
「私は妹のところへく。あんたは子どもを連れて兄さんを頼ればいい」
「がばらばらになるじゃないですか」
「がないんだから仕方ない」
その言葉に、正が箸を置いた。
「俺が働くよ」
紀子は息を止めた。
「何を言ってるの」
「学は卒業した。もう働ける」
「から業でしょう」
「かなきゃいい」
紀子の胸の奥に、たいものが落ちた。
正は父と同じ械が好きだった。修は病でも「正だけは業へかせろ」と何度も言っていた。それを聞いていたはずの息子が、たったで未来を切り捨てようとしている。
「だめ」
「なんで」
「お父さんが何て言ってたかってるでしょう」
「父さんはもういない」
紀子のから箸が落ちた。
子が兄を見た。
浩はが分からないまま、母と兄の顔を交互に見ている。
正自も、自分の言葉に傷ついた顔をしていた。それでも謝らなかった。
「俺が働けば料が入る」
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「歳よ」
「で働いてるやつなんかいくらでもいる」
昭なら、それは事実だった。学卒業と同に集団就職でへ入る同級もく、正の担任も学しない徒の勤め先を何軒も世話している。
「じゃあ誰が賃を払うんだよ」
正の声がきくなった。
「母さんか。ばあちゃんか。子か?」
「やめなさい」
「借りるにもがいるんだろ!」
「正!」
「父さんがんだのに、何も変わらない方がおかしいだろ!」
浩が泣きした。
正はちがり、襖を乱暴にけて隣へ消えた。
残ったトメが、さく息を吐いた。
「違ったことは言ってないよ」
「お義母さんまで」
「昔ならは派な働きだ」
「修さんはへかせたがっていました」
「んだの希望だけで飯はえないよ」
紀子は言い返そうとした。
しかしその瞬、自分の財布にいくら入っているかいした。
千百円。
葬儀の支払いはまだ残っている。
修の最の料も、退職も、額は分からない。
貯通帳には、入院費を払ったあと万円に届かない額しか残っていなかった。
「母さん」
子がさく呼んだ。
「学、変わるの?」
紀子はすぐ答えられなかった。
浩が涙を拭きながら聞いた。
「この、なくなるの?」
「はなくならないよ」
自分でもおかしな答えだとった。
そのものは残る。
別の社員が入るだけだ。
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なくなるのは、ここを自分たちのだとう権利だった。
その夜、子どもたちを寝かせてから、紀子は台所で計簿をいた。
を借りる。
敷を払う。
引っ越しをする。
正の入学。
制。
教科。
トメの薬。
子と浩の学用品。
数字をけばくほど、という期限がくなっていく。
その横で、正の寝息は聞こえなかった。
紀子が襖をしけると、息子は暗ので井を見ていた。
翌朝。
正の机から、業の格通がなくなっていた。
格通は、正が学へ返しにったわけではなかった。
紀子が問いただすと、息子は鞄の奥から黙ってした。折り目のついたを母へ渡す、目をわせようとはしなかった。
「返そうとっただけ」
「っただけでもだめ」
「まだ何もしてないだろ」
「だったら持ってなさい」
紀子は通を机へ戻した。
「これは計簿のじゃないの。あなたのよ」
正は何か言いたそうだったが、結局黙った。
数、浜械から連絡が来た。
退職と弔慰の計算ができたという。
紀子は正を連れて会社へ向かった。のをくぐるのは結婚して以来ほとんど初めてで、塀の向こうからプレスのい音が規則正しく響いていた。
総務課の机には何枚ものが並べられていた。
修は勤めていたが、最初の数は臨だった。
戦と終戦直の勤続数は現の退職算定に全て含まれるわけではなく、最のかは入院と欠勤がかったため与も減っている。
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