"夫を亡くした翌日、社宅を追われました" 第5話
「もし過ぎたら?」
「本名義の申込みは失効します。預託の返還続きにもがかかります」
「どうして誰も教えてくれなかったんですか」
部が静かになった。
成瀬は苦い顔をした。
「社宅の担当と共済会は別です。こちらでも確認が……」
「夫がくなった翌には、でてくださいってを持って来られたでしょう」
紀子の声がくなった。
「をす期限はすぐ分かって、夫が族のために残した続きの期限は誰も分からなかったんですか」
成瀬は答えられなかった。
その、松崎が突然をいた。
「まだあります」
成瀬が鋭く振り返った。
「松崎」
「藤田さんに見せた方がいいといます」
若い社員は机の引きしから枚の複写をした。
修が総務へ提した《社宅退猶予願》だった。
病状が悪化したの付。
そこには修の字で、
《万の、男正の等学入学までは現居の使用猶予を願いたい》
とかれていた。
さらに。
総務部の印。
《を限度に猶予》
紀子は何度も読み返した。
「?」
成瀬が顔を伏せた。
葬儀の翌に渡された通には、
。
しかし夫がにしていた申請には、
まで猶予できると会社自が承認していた。
紀子はを置いた。
「成瀬さん」
男は顔をげなかった。
「どうして私は、だと言われたんですか」
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ここから先は、を探すだけの話ではなくなった。
夫がぬに族のために残したものを、
誰が、どこまでっていて黙っていたのか。
成瀬は、故に隠したわけではないと説した。
修の猶予願は、本がくなった点で自に適用されるものではなく、遺族側から改めて申請が必だったという。通常の退通は律で発されるため、担当者が個別類との照をしなかった。
「つまり忘れていたんですか」
紀子が聞くと、成瀬はすぐには答えなかった。
「続きの備です」
「それを忘れたと言うんじゃないんですか」
松崎が俯いた。
成瀬も言い返さなかった。
紀子は鳴らなかった。
める能性がた。
それをで壊したくなかった。
「申請します」
「承認にはの決裁が必です」
「夫のには度承認されているんですよね」
「はい」
「ではしてください」
そこから。
会社はようやく、退期限をからへ変更した。
紀子はへ戻り、最初の退通を仏壇の横へ置いた。
。
その数字に追いてられ、正はをやめようとした。
自分も族をつに分けることを考えた。
もし宅積通帳が見つからなければ、誰ものことを教えてくれなかった。
「修さん」
写真へ向かって言った。
「黙ってやるなら、最まで分かるようにしておいてよ」
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腹がった。
同にありがたかった。
夫へのがこんなふうにつ同にすることを、紀子は初めてった。
営宅の承継申請もった。
ただし抽選はか。
当選しても入居はさらに先。
それまでのまいは必だ。
宅積の万千百円も、申込みを承継した以は預託されたままになる。
今すぐ使えるが増えたわけではない。
「結局、貧乏なのは変わらないな」
正が言った。
「そうね」
紀子も笑った。
「でもあと増えた」
「で増える?」
「増やすの」
「どうやって」
その問いに、今度の紀子は答えを持っていた。
翌、会社へった。
「堂の仕事、まだ空いていますか」
成瀬が驚いた。
「お受けになるんですか」
「働きます。ただし宿舎には入りません」
「まいは?」
「のに探します」
堂の炊事婦になれば、なくとも固定収入ができる。
を借りるの条件もしは変わる。
正を働かせるに、自分が働く。
紀子はそこから始めることにした。
初勤は朝半だった。
い割烹着を着て、きな釜のへつ。
百分以の米を研ぐだけで腕が痛くなった。
古株の炊事婦・志津が笑う。
「の飯と違うだろ」
「全然違います」
「で腰が泣くよ」
「泣かせておきます」
志津は紀子を見て笑った。
そのの昼。
作業の男たちが次々と堂へ入ってきた。
そのに、修と同じ班だった男がいた。
紀子の顔を見るとを止める。
「藤田さんの奥さん?」
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