"夫を亡くした翌日、社宅を追われました" 第6話
「はい」
「ここで働くんですか」
「今から」
男は何か言おうとして、やめた。
券を置き、いつもの定を受け取る。
その、志津が横から言った。
「修さんもいつもそれだったよ」
番い定だった。
「毎ですか」
「ほとんどね」
紀子は初めてった。
修は昼飯まで節約して、宅積を続けていたのだ。
では度も言わなかった。
そのの帰り。
紀子は、夫が残したのはではないかもしれないとい始めた。
だった。
という。
そして今、そのをどう使うかは自分次第だった。
働き始めれば、すぐが借りられるとっていた。
甘かった。
「勤務先は浜械です」
そう言えば、産の顔はしるくなる。
「社員ですか」
「堂の炊事です」
「正規社員?」
「違います」
そこでまた表が曇る。
夫をくした女が、子どもと齢の姑を抱えている。
保証はさな印刷を営む兄。
賃の支払い能力を疑われる。
軒目は断られた。
軒目も。
軒目ではに直接会った。
「男の子がいるんでしょう」
「はです」
「壁を壊されたら困るからねえ」
正が隣で唇を噛んだ。
帰り、
「俺、別でいいよ」
とまた言った。
「その話は終わったでしょう」
「でも俺がいなきゃだ」
「数の問題だけじゃない」
「じゃあ何」
「私が未だから」
正が黙った。
紀子は初めて、自分からその言葉を言った。
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未。
から何度も言われるうちに、まるで職業名のようにじ始めていた。
「だから、俺が男なら」
「正」
紀子はち止まった。
「あなたはの保証じゃない」
「でも」
「息子よ」
正は俯いた。
「それだけでいいの?」
「今はね」
紀子自、その答えに確信があったわけではない。
ただ歳の息子へ「男だから」という理由で父親の席を渡したくなかった。
堂の仕事はしずつ慣れた。
朝の米研ぎ。
噌汁。
昼の定。
器洗い。
修の同僚たちも最初は気まずそうだったが、やがて普通に「噌汁もうし」と言うようになった。
ある、林という代の員が器を返しながら言った。
「修さん、正君の楽しみにしてたよ」
「会社で話してたんですか」
「にたこができるくらい」
紀子は笑った。
「ではそんなに言わなかったのに」
「男なんてそんなもんだ」
林はし考え、付け加えた。
「自分よりちゃんと勉させるって言ってた」
紀子は湯気の向こうで夫の顔をいした。
修は等学をて働いた。
械を触る腕には自信があったが、図面の計算で若い技師へ聞くだけ悔しそうだった。
だから正には勉させたかったのだ。
その晩、紀子は息子へ言った。
「お父さん、会社でもの話してたって」
「誰に」
「みんなに」
正はし顔を赤くした。
「恥ずかしいな」
「きなさいよ」
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「分かってる」
初めて、はっきりそう答えた。
しかしの期限は、あと。
に延びても、計は止まっていなかった。
に入った。
正は業へ通い始めた。
濃紺の学を着て玄関にった息子を見た、紀子は胸が詰まった。
修に見せたかった。
写真を持ってくればよかったとさえった。
「何」
正が気まずそうに言う。
「何でもない」
「泣くなよ」
「泣いてない」
「泣いてるだろ」
子と浩が横から笑った。
その朝だけは、をる期限のことを忘れた。
しかし営宅の抽選結果が届くに、会社から再度確認が来た。
退まで。
産を回っても、条件のうは見つからない。
会社宿舎なら紀子と子、浩は入れる。
正はの寄宿先を担任が探してくれるという。
トメは妹宅へ。
「なら」
浦先は言った。
「正君の学を続けるためには、それも選択肢です」
紀子はずっと拒んでいた。
族を分けたくない。
修がくなったに、む所まで別々になる。
けれど期限がづくほど、理だけでは何も守れないことが分かった。
夕の、紀子から話した。
「しばらく、別々に暮らします」
子がすぐ聞いた。
「どれくらい?」
「分からない」
「まで?」
「できれば」
「お正も?」
紀子は答えられなかった。
浩が泣き始めた。
「ばあちゃんも兄ちゃんもいなくなるの?」
トメが浩のを撫でる。
「いなくなるんじゃないよ」
「緒に寝ないじゃん」
その言葉に誰も答えられなかった。
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