"夫を亡くした翌日、社宅を追われました" 第7話
荷物を分ける夜、のは静かだった。
トメは鍋や茶碗を紀子へ渡す。
「これは持っていきな」
「お義母さんの方で必でしょう」
「妹のに鍋くらいある」
正は教科を紐で縛っていた。
紀子が伝おうとすると、
「丈夫」
とだけ言った。
浩は柱のの線を見ていた。
「お母ちゃん」
「何?」
「これは持っていける?」
紀子は言葉に詰まった。
「柱は持っていけないの」
「僕の線、なくなる?」
正が黙って鉛を取った。
浩を柱のへたせる。
しい線を本引く。
その横へ、
《昭》
といた。
「覚えておけばいい」
浩は満そうだった。
「忘れたら?」
正はし考えた。
自分のノートを枚破り、柱に残る線のさをから測ってき写した。
「これ持ってけばいい」
浩はようやく頷いた。
紀子はそれを見ながら、とは何だろうとった。
柱ではない。
畳ではない。
緒にむことだけでもない。
でも、その答えを今すぐせるほど余裕はなかった。
退の。
最に鍵を管理へ渡した。
「い、お世話になりました」
管理もをげた。
「こちらこそ」
が、鍵本で終わった。
紀子は子と浩を連れ、会社宿舎へ。
正は学くの旋盤を営む夫婦宅へ寄宿。
トメは妹のへ。
は初めて、つの所へ分かれた。
宿舎の部は畳だった。
子と浩が並んで寝れば、紀子の布団を敷く所はぎりぎり残る。
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炊事と便所は共同で、夜になると廊を歩く音や隣の咳まで聞こえた。
それでも漏りはしない。
会社へ歩いて分。
賃はい。
「悪くないよ」
子は母を気遣って言った。
歳の子どもに気遣われることが、紀子には痛かった。
初めての料。
堂の責任者から茶の封筒を渡された。
《藤田紀子》
その文字を見て、紀子はけなくなった。
、へ入ってくる料袋には《藤田修》とかれていた。
自分の名で稼いだ。
嬉しいとうより、怖かった。
この封筒がなければ、子と浩へべさせられない。
修がいた頃にはじなかったさだった。
「けないの?」
志津に言われた。
「今けます」
を確認する。
宿舎費。
費。
正への仕送り。
トメの薬代。
営宅がれたに備えた貯。
に分けていくと、元に残る額はない。
それでも、自分で稼いだだった。
営宅の抽選結果は、その週に届いた。
落選。
紀子は封筒をき、しばらくを見つめた。
修が病気の体で申し込んだ宅。
万千百円を積みてから移した申込み。
れた。
「お父さん、くじ運ないね」
正が週末に来た、そう言った。
紀子も笑った。
「昔からよ」
笑えたことに、自分で驚いた。
預託は返還される。
これで貸の敷に使える。
ただ、そのものが見つからない。
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正は寄宿先で学へ通い始めていた。
曜にはくので掃除や軽作業を伝い、遣いをもらっている。
「働くの禁止じゃなかったの」
紀子が言うと、
「学やめるのが禁止だったんだろ」
と返した。
その通りだった。
紀子は条件をつけた。
「成績が落ちたらやめること」
「分かった」
「夜遅くまで働かない」
「はい」
「怪しない」
「それは分からない」
「分かるようにしなさい」
久しぶりに息子と喧嘩をして、で笑った。
以の正は、父親の代わりになろうとしていた。
今は、自分の活を続けながら族へしを伸ばそうとしている。
同じ働くでも、が違った。
紀子はそれを止めなかった。
問題はトメだった。
妹のフミ宅は、畳と畳半の。
フミ夫婦と成した娘がいる。
最初は「姉さんくらい」と歓迎された。
トメも、
「昔から仲のいい姉妹だから」
と笑っていた。
半が過ぎる頃、子が祖母を訪ねた。
帰ってくるなり、紀子へ言った。
「ばあちゃん、全然おかわりしないよ」
「何が?」
「ご飯」
紀子はが分からなかった。
子は続けた。
「叔母ちゃんがべていいって言ってるのに、ばあちゃん杯しかべない。お呂も最。夜、トイレくのもしてるみたい」
フミが悪をしているわけではなかった。
トメ自が、居候であることを毎識していた。
ご飯杯。
湯桶。
気をつける。
何をするにも、自分のではないという慮がついて回る。
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