"夫を亡くした翌日、社宅を追われました" 第8話
紀子が会いにくと、トメはいつもの顔をした。
「何も困ってないよ」
「痩せましたね」
「歳だよ」
「ちゃんとべてますか」
「べてる」
話を終わらせようとする。
ところが数、トメは紀子に黙って正を呼びした。
「、やめてもいいんじゃないか」
正は言葉を失った。
「働けばを借りられる」
「母さんに言った?」
「言えばるからね」
「ばあちゃん」
「私はいつまでここにいればいいんだろう」
その話を正本から聞き、紀子はすぐトメのところへ向かった。
「どうして正に言ったんですか」
「本当のことだろ」
「せっかくへ入ったんです」
「紀子さんはいいよ」
トメの声が初めてくなった。
「子と浩と緒に暮らしてる」
紀子は黙った。
「私は妹ので居候だ。飯杯べても気を遣う。湯を使っても気を遣う。夜に咳をしても気を遣う」
「お義母さん……」
「正が働けば、くを借りられる。それをうのがそんなに悪いかい」
「だからって、あの子の学を」
「じゃあ私はいつまですればいいの!」
トメの声が震えた。
紀子には返す言葉がなかった。
自分は正の未来を守った。
そのために、誰が代わりに負担したのか。
トメ。
そして寄宿先で暮らす正。
「族を犠牲にしない」と言いながら、別の形でさせていた。
帰り。
紀子は初めて、自分が正しいことだけをしてきたわけではないと認めた。
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正を退学させなかった判断は今も違っていないとう。
だからといって、トメにをいることまで正しくなるわけではない。
両方を何とかしなければならない。
それがが困るということなのだと、ようやく分かった。
紀子は計を最初から見直した。
堂の料だけでは、でめるの賃と活費を同に賄うのは苦しい。
そこで夜、宿舎の女性たちから頼まれて繕い物を始めた。
破れた作業着。
子どものズボン。
布団のほつれ。
枚円、円。
したではない。
それでもか集めれば、トメの薬代くらいにはなる。
志津は、
「働きすぎると倒れるよ」
と言った。
紀子は笑った。
「倒れたら困るから、には寝ます」
以なら、無理をしてでも全部やろうとしただろう。
今はを決めた。
曜には休む。
子どもと銭湯へく。
正が来れば緒にべる。
族を戻すために、自分が先に壊れてはがない。
方、正も変わっていた。
業では旋盤実習が始まり、父が使っていた具のがしずつ分かるようになった。
「父さん、でよく『刃物は音聞け』って言ってたろ」
「私はらない」
「俺には言ってた」
修には、正にしか見せなかった父親の顔もあった。
ある、正はさな鉄の文鎮を持ってきた。
学の実習で作ったものだった。
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端がし揃い。
それでも磨かれてっている。
「仏壇に置く」
正はそう言った。
紀子は何も言わず頷いた。
を探す条件も変えた。
駅からいことを諦める。
呂付きを諦める。
しいを諦める。
その代わり、
でめる。
賃が払える。
が未を理由に断らない。
このつだけは譲らない。
産へくも、以のように「夫がくなりまして」と縮こまって言わなくなった。
「浜械の堂で働いています。毎これだけ収入があります。保証は兄です。敷は用できます」
自分の条件を、自分から説する。
軒。
軒。
軒。
まだ決まらない。
それでも断られる理由が以より具体になった。
「子どもがは難しい」
「姑さんまでとなると」
「賃が収入の分のを超える」
具体なら、次に変える所が分かる。
その積みねで、紀子はしずつ「を借りてもらう」ではなく、「条件のうを探す」になっていった。
の初め。
松崎が堂へ紀子を訪ねてきた。
「しお話があります」
休憩、裏のベンチへ座った。
松崎はずっと言えずにいたことがあるという。
「藤田さんがくなる半くらい、僕、会社を辞めようとっていました」
「どうして」
「失敗したんです」
作械の調を誤り、価な部品を何個も駄目にした。
入社目。
司からく叱られ、自分には向いていないとった。
「修さんが止めてくれました」
紀子は黙って聞いた。
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