"夫を亡くした翌日、社宅を追われました" 第9話
「自分も若い頃、似た失敗したって。会社の始末より、次に同じことしない方法をけって言われました」
修らしいのか、紀子にはよく分からなかった。
ではそんな話をしなかった。
「宅のことも、僕が類を運んだんです」
松崎が続けた。
「病院へく、修さんに頼まれました。もし自分に何かあったら、女はのことより子どもの学を先に考えるから、宅の続きだけはちゃんと残してくれって」
紀子は目を伏せた。
当たっていた。
夫は妻の性格まで分かっていた。
「じゃあ何で、くなった翌に教えてくれなかったんですか」
松崎が唇を噛んだ。
「成瀬課に、余計なことは言うなって言われました」
紀子の顔が変わる。
「どういうですか」
「悪じゃないといます。未確定の営宅をらせて期待させるなって。社宅の猶予も、正式申請だから会社から言うものじゃないって」
「でもでろとは言った」
「はい」
松崎はをげた。
「僕も、あの言うべきでした」
紀子はしばらく何も言わなかった。
成瀬を憎む気にはなれなかった。
彼は規則に沿って処理した。
ただ、規則ので族がどうなるかまでは考えなかった。
松崎は規則かられることを恐れて黙った。
その結果、番らなければならない紀子だけが何もらなかった。
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「次からは」
紀子は言った。
「自分がってることが、誰かのに関わるなら、のが言うまで待たない方がいいですよ」
松崎はく頷いた。
帰り際、彼はさな封筒を差しした。
「これは僕のおじゃありません」
には、修の具仲数が集めたが入っていた。
《正君の教科代に》
紀子はすぐ返そうとした。
「もらえません」
「修さんなら受け取らないといます」
「でしょうね」
「だから奥さんに」
紀子はわず笑った。
し考え、半分だけ受け取った。
残りは会社の共済箱へ入れてもらうことにした。
以なら全部断った。
今は、助けてもらうことも族を守るつの方法だとえるようになっていた。
正がになる、学で技能競技会があった。
旋盤で指定された部品を内に仕げる。
正は学で位になった。
「位じゃないけど」
照れくさそうに報告した。
紀子はげさにばなかった。
「すごいじゃない」
それだけ言った。
正はし満そうだった。
「もっと驚けよ」
「じゃあ位なら驚く」
「来取る」
その会話を聞きながら、紀子は息子がようやく歳の父親役から、歳の学へ戻ってきたとじた。
曜の伝いも続けている。
ただし稼いだの全部をへすことはなくなった。
半分は自分の具代。
しは友と映画を見る。
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残りを貯。
紀子も何も言わなかった。
正が自分のへ使うまで族が吸い取ってはいけない。
そのの梅。
正が冊の通帳を見せた。
「これ、に使って」
「いくら?」
「見れば分かる」
曜の伝いで貯めたが、った以にあった。
紀子は首を振った。
「自分で持ってなさい」
「またそれ?」
「とは違うでしょう」
「俺も違うよ」
正は母を見た。
「はやめない。来もく。卒業もする。そので、に使える分をすって言ってる」
紀子は黙った。
「族なんだから、せるくらいさせてよ」
とは違った。
あのの正は、自分を犠牲にすれば全部解決すると考えていた。
今は自分のを残したで、できる範囲をそうとしている。
紀子は通帳を受け取った。
「借りるだけよ」
「分かった」
「必ず返す」
「はいはい」
「返事回」
で笑った。
そのは、まだ使わなかった。
紀子は封筒へ入れた。
表に、
《敷》
といた。
が見つかったのは、そののだった。
堂の志津が話を持ってきた。
「うちの姉のりいが、古いを貸すって」
駅からい。
呂なし。
造。
畳と畳半。
台所は狭い。
根も度修理が必。
それでも賃は払える範囲だった。
は代の女性で、自分も戦争で夫をくしていた。
紀子が族構成を説すると、
「子どもがいる方がは傷まないよ」
と言った。
が分からず聞き返すと、
「がまないの方が傷むんだよ」
は笑った。
保証は兄。
敷は、営宅申込みから戻った修の宅積。
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