"夫を亡くした翌日、社宅を追われました" 第10話
りない分を正の貯からに借りた。
契約へ名をく。
《借主 藤田紀子》
紀子はしばらく自分の名を見た。
修の名ではない。
浜械の社宅でもない。
自分が借りるだった。
トメへらせにく。
「緒にめます」
トメはすぐばなかった。
「正は?」
「緒です」
「学は?」
「やめません」
「賃は」
「払います」
「無理してないかい」
紀子は笑った。
「無理はしてます」
「ほら」
「でも、続けられる無理です」
トメはしばらく黙っていた。
それから涙を拭いた。
「そうかい」
引っ越しの。
トメは妹のから、さな箪笥つと布団を持ってきた。
正は寄宿先から本と具箱。
子と浩は宿舎から類と学用品。
か所に分かれていた活が、つのへ戻る。
最初に浩がり回った。
「狭い!」
「れるなら狭くないでしょう」
子が言う。
「お呂ないよ」
「銭湯けばいい」
正は箪笥を運びながら笑った。
トメは畳へ座り、何度ものひらで撫でた。
「しい畳じゃないですよ」
紀子が言う。
「いいんだよ」
「の社宅より古いですよ」
「それでもいい」
トメは畳を見たまま答えた。
「今は、ここで咳しても誰にも気を遣わなくていい」
紀子は何も言えなかった。
夕方。
で握り飯をべた。
まだ卓も届いていない。
鍋も箱の。
浩が部を見回す。
「お母ちゃん」
「何?」
「ここ、今からうち?」
紀子は頷いた。
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「そうよ」
しを置き、言い直した。
「今度は、お父さんの会社のじゃないよ」
正が横から言った。
「その代わり狭いけど」
トメがすぐ返した。
「だって広くなかったよ」
子が笑う。
浩も笑う。
紀子も笑った。
修がくなってから、
全員が同じ所で笑ったのは、これが初めてだった。
しい暮らしは、集まったからといって楽にはならなかった。
賃。
正の学費。
子の費。
浩の学用品。
トメの薬。
になれば炭代もかかる。
紀子は毎料袋を受け取ると、机へ封筒を並べた。
《賃》
《費》
《学》
《薬》
《貯》
最に、
《正》
という封筒を作った。
息子から借りた敷分をしずつ返す。
「返さなくていいって」
正は言った。
「返す」
「のだろ」
「あなたのおよ」
「母さん頑固だな」
「誰に似たんでしょうね」
トメが横から、
「修だよ」
と言った。
皆が笑った。
紀子は返すことにこだわった。
そのもの以に、正が「族のために自分の将来を売った」のではないと形にして残したかった。
昭。
正はになった。
就職先を考える期が来た。
浜械からも求が来ていた。
「受けるの?」
紀子が聞く。
「まだ決めてない」
「お父さんと同じ会社だから?」
「それだけじゃないよ」
正は学から持ち帰った求票を並べた。
以なら「からい」「料がい」だけを見ただろう。
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今は仕事内容。
技能訓練。
夜学への通学制度。
寮。
昇。
つずつ見る。
「俺、設計も勉したい」
紀子はし驚いた。
「学?」
「そこまでは分からないけど、夜の学もあるし」
その言葉を聞き、紀子は修をった。
自分よりちゃんと勉させたい。
夫が何度も会社で言っていた。
でも紀子は言わなかった。
「お父さんもぶ」と言えば、また息子へ父のを背負わせる気がした。
「正が決めなさい」
それだけにした。
正はし考えて、
「うん」
と答えた。
その夜、紀子は仏壇のへ座った。
「あなたの望んだ通りにはしないよ」
修の写真へ言った。
「正が決めるって」
し笑う。
「それでいいでしょう」
返事はない。
けれど以ほど、返事がないことをしいとわなくなっていた。
あるの。
浜械の堂に成瀬が来た。
、葬儀の翌にの退通を持ってきた男である。
「藤田さん、し」
紀子はまた何か類かとった。
しかし成瀬が差ししたのは、古いファイルだった。
「社宅規程が改定されます」
社員がした、遺族へ律通をすのではなく、子どもの就学状況、転居先、遺族の収入などを確認したで、最までの猶予制度を必ず説することになったという。
共済会の宅積。
営宅の承継期限。
遺族向けの就労紹介。
それらも枚の案内へまとめられた。
「なぜ私に?」
成瀬はし気まずそうだった。
「あなたの件がきっかけです」
紀子は類を見た。
自分たちのが戻ってくるわけではない。
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