"夫を亡くした翌日、社宅を追われました" 第11話
正が寄宿活をしたも。
トメが妹宅で慮した々も。
度分かれた族のも戻らない。
それでも、次に同じように夫をくした女が、葬儀の翌に何もらず《》だけを渡されることは減るかもしれない。
「遅いですね」
紀子は言った。
成瀬は頷いた。
「はい」
「でも、ないよりいいです」
男はくをげた。
帰り際、成瀬が振り返った。
「藤田さん」
「はい」
「ご主の猶予願、私は見ていました」
紀子はきを止めた。
「当、本がくなった以、改めて遺族から申しるのが筋だといました。余計な期待を持たせるべきではないとも」
「はい」
「今は、それが違いだったとっています」
紀子はしばらく黙った。
「私、あのあなたをずいぶんみました」
成瀬が苦笑した。
「当然です」
「でも今は、規則を守るが悪いんじゃなくて、規則だけ見てを見ないと、こうなるんだとっています」
成瀬は何も言わなかった。
それで分だった。
正は卒業、浜械ではなく、別の精密械会社へ就職した。
夜の業専課程へ通える制度があることが決めだった。
「お父さんと同じ会社じゃなくていいの?」
子が聞いた。
正は笑った。
「父さんは父さんだろ」
紀子はその答えを聞いてした。
修のを受け継ぐ必はない。
修が残したのは、同じを歩けという命令ではなく、選べるところまでけという願いだったのだろう。
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正の初料の。
茶封筒を持って帰ってきた。
紀子は瞬、の支度をいした。
あのはを守るため、自分のを差しそうとしていた。
今は違う。
「ほら」
正が封筒からをした。
「に入れる分」
「い」
「普通だよ」
「い」
「じゃあいくらならいい」
で相談して額を決めた。
残りは本が持つ。
トメはその様子を見ながら、
「昔なら全部親に渡したもんだよ」
と言った。
紀子は笑った。
「昔じゃないんです」
トメも、
「そうだね」
と笑った。
子は学になった。
浩は学。
柱にはまたの線が増えた。
今度のの柱だ。
番に、浩が自分でいた。
《昭》
そのに、
《昭》
正が社宅の柱からき写したは、今でも仏壇の引きしにある。
過のの線。
今のの線。
どちらも藤田のものだった。
はつではなかった。
いも、か所にしか残らないものではなかった。
ある夜。
紀子は古い類を理した。
最初の《社宅渡しについて》。
修の《社宅退猶予願》。
宅積通帳。
営宅の落選通。
正から借りたの返済記録。
のがつの封筒に収まっている。
表へ何とくか迷った。
《修》
では違う。
《社宅》
でもない。
紀子は鉛で、
《のこと》
といた。
とは所ではなかった。
会社が貸してくれる部でもない。
夫がいることでもない。
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が全部を背負うことでもない。
必なには分かれ。
できる者がせる分だけし。
自分のまで差しさずに、また同じ所へ戻ってくる。
紀子にとって族とは、そういうものへ変わっていた。
修の回忌を終えた夜。
で夕飯をべた。
正は仕事帰り。
子は学の話をし続け。
浩は魚の骨をうまく取れず、トメに叱られている。
修がいた頃と同じではない。
それでも、紀子はこの騒がしさが好きだった。
。
子どもたちが寝たあと、紀子は台所で今の料袋をいた。
《藤田紀子》
初めてこの名の料袋をもらったは、怖かった。
夫の収入がなくなったことを突きつけられた気がした。
今は違う。
これは自分が働いただ。
米を研ぎ。
皿を洗い。
腰を痛め。
失敗して噌汁を濃くし。
覚えて。
続けて。
毎受け取るようになっただった。
賃を分ける。
費。
学。
薬。
しの貯。
最にわずかに残ったを、枚のしい封筒へ入れた。
表へ、
《》
といた。
ろからトメが覗いた。
「何のおだい」
「まだ決めてません」
「を買うのかい」
紀子は笑った。
「そんなに貯まるまで、何かかるでしょうね」
「じゃあ何」
紀子はし考えた。
「今度、何かあったのためです」
トメは黙った。
紀子は封筒へを入れる。
「誰かがいなくなっただけで、全部なくならないように」
。
夫の葬儀の翌。
紀子は、を失ったとった。
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