"震災から半年ぶりに帰った家には、知らない家族が住んでいた" 第1話
正、松田千代が半ぶりに本所へ戻った、最初に分からなくなったのはだった。昨の震災と、そのに広がった災で、曲がり角にあった豆腐も、子どもの頃からを汲んだ共同井戸も、父が仕事帰りにち寄っていたさな酒も消えていた。焼け跡には板やトタンで急ごしらえしたが並び、以ならだったはずの所を荷が通っている。父の庄吉は杖をつきながら何度もを止め、焼け残った垣や寺の塀を目印にを探した。
「ここだ」
庄吉がようやくち止まった、千代は瞬、父が所を違えたのだとった。
目のにはがあった。
震災の松田ではない。古材としい板を継ぎわせ、根に波形のトタンを載せたさなバラックだった。それでも軒先には洗った拭いと子どもの着物が干され、戸にはの駄が並んでいる。炊事の煙まで細くがっており、そこには違いなく誰かの暮らしがあった。
「お父さん、本当にここ?」
歳の弟・正が聞いた。庄吉は答えず、杖の先で面を確かめるように度叩いた。
「違えるものか。あのが見えるだろう」
の脇に、黒く焼けた角い礎が半分だけ面からていた。震災、松田の流し台の脇にあっただ。母のおふみもそれを見つけ、元を押さえた。
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庄吉は戸までみ、声をかけた。
「ごめんください」
から代半ばほどの女がてきた。痩せた頬に髪をきちんと結い、古びてはいるが清潔な割烹着を着ている。その背から、歳くらいの女と、まださな男の子、女の子がそうに顔を覗かせた。
庄吉は子を取り、女を見た。
「ここは松田のですが」
女の眉が寄った。
「松田?」
「松田庄吉。震災から以、ここを借りていた」
女はしばらく父の顔を見つめ、それから静かに言った。
「何かのお違いではありませんか。ここは昨のから、うちが借りています」
庄吉のから杖がわずかに滑った。
「昨の?」
「はい」
「誰から借りた」
「主のさんです」
女は崎さよと名乗った。震災で夫をくし、の子どもと避難所を転々としたあと、主の弥兵からこの所を借りたという。建物は自分たちので建てた。親戚から借をし、古材を集め、になるにようやく根を載せたのだと説した。
「ていってもらう」
庄吉は言った。
さよの顔が張った。
「何をおっしゃるんです」
「ここはうちだ。俺は以、毎代を払ってきた。震で焼けたから半れていただけだ」
「でも、私たちもおを払っています」
「らん」
「契約もあります」
庄吉の目が変わった。
さよは戸の奥へ入り、しばらくして枚のを持ってきた。
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そこには確かにの所らしい記載があり、貸主として弥兵、借主として崎さよの名がある。付は正。震災からかほどだった。
「偽物だ」
庄吉は即座に言った。
「本物です」
「俺が借りているを、勝にへ貸せるはずがない」
「私は勝に入ったんじゃありません!」
さよの声が初めてくなった。背の子どもたちがを寄せう。末の女の子は母親の割烹着をつかみ、千代たちを怖そうに見ていた。
千代の胸にもりはあった。千葉の親戚宅で半、族が畳にを寄せ、父の脚が治るのを待った。父は毎のように「になったら帰る」と言った。千代も、焼けたは建て直せても、所までなくなるとはっていなかった。
それなのに帰ってみれば、らない族が暮らしている。
「今にろとは言わん」
庄吉はい声で言った。
「だが、ここは返してもらう」
さよも目を逸らさなかった。
「私にも、子どもを連れてていく所はありません」
庄吉は返事をせず背を向けた。
その夜、松田は以の隣だったのバラックに晩だけ泊めてもらった。正はい布団ので何度も寝返りを打ち、やがて千代に声で尋ねた。
「姉ちゃん」
「何?」
「あのたち追いしたら、どこにくの?」
千代はすぐ答えられなかった。
向こうの部から庄吉の声がした。
「それは俺たちのったことじゃない」
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