"震災から半年ぶりに帰った家には、知らない家族が住んでいた" 第8話
千代はますます、片方だけを「本物の族」にすることができなくなった。
見取り図の太い線について教えてくれたのは、父の昔の得先だったの棟梁・柴崎だった。
「その辺りはを広げる話がてる」
柴崎は焼け残った図を広げた。
「まだ全部決まったわけじゃないが、震災みたいな細いのまま戻すつもりはないらしい。区画を理してを広くするって話だ」
千代は松田の位置を示した。
「ここは?」
柴崎は目を細めた。
「線の取り方次第じゃ、かかるな」
「を建てても?」
「移せと言われるかもしれん」
千代の胸が沈んだ。
父は半、「になれば同じ所へ戻れる」と信じてきた。
さよは百円を払い、借をしてバラックを建てた。
しかしつの族が奪いっている所そのものが、以と同じ形で残らない能性がある。
「そんなこと、もうみんなってるんですか」
「ってる者はってる。でも計画なんて変わる。自分のところに線が来るまで信じないもいさ」
千代はへ帰り、父へ話した。
予通り、庄吉はった。
「まだ決まってないんだろ」
「でも能性がある」
「能性でを諦めろっていうのか」
「そうじゃない」
「じゃあ何だ」
「取り戻したあと、またろと言われるかもしれないってっておいた方が」
庄吉は机を叩いた。
「だからこそ今、権利をはっきりさせるんだ!」
広告
千代は言葉を止めた。
父の言い分にも理屈がある。
区画理で移転や調が必になるなら、震災からの居実績を認めてもらうことは、むしろかもしれない。
方、崎も現の居者として何らかの扱いを求めるだろう。
がになるから争うがない、というほど単純ではない。
問題はさらに複雑になった。
その頃、清太郎が千代のへ現れた。
購買帰りので声をかけられた。
代半、細でを着た男だった。
「松田さんのお嬢さんですね」
「どなたですか」
「清太郎です」
千代はち止まった。
「林さんから何を聞いたかりませんが、あまり古い帳面を持ち歩かない方がいい」
「どういうですか」
「震災直の記録なんて、違いだらけです。がきていたり、きているがんだことになったり、それくらい珍しくない」
「だから帰ってきたのを貸したんですか」
清太郎は笑った。
「あなたは若いから、物事をきれいに分けたがる」
「何をですか」
「正しいと悪いに」
千代は黙った。
「焼け跡に何万もがいた。が必だった。戻るかどうか分からないのを半もも空けておけば、その、別の族が野宿する。誰かが決めなきゃならなかったんです」
「そのために百円取ったんですか」
清太郎の表が瞬だけ止まった。
広告
「崎さんは百円払ったと言っています。でも帳簿には円しかない」
「何の帳簿です」
「ってるでしょう」
清太郎は答えなかった。
代わりに千代へづき、声を落とした。
「お父さんに言ってください。円受け取ったなら、それで終わりにした方がいい」
「終わりって」
「これから町は変わる。昔の所にしがみついても、同じものは戻りませんよ」
そう言ってった。
千代は腹がった。
だが同に、最の言葉だけはかられなかった。
町が変わる。
その変化を利用していると、変化に押し流されるがいる。
自分たちがどちらなのか、まだ分からなかった。
の終わり、松田と崎の双方へ役所かららせが届いた。
周辺の区画理に伴い、現況や居関係について確認をうため、指定に聞き取りへ来るようにという内容だった。
庄吉はを何度も読んだ。
「ほら見ろ。今のうちに松田が借りていただとはっきりさせないと、崎がとして扱われる」
さよの方も同じを抱えていた。
「今んでるのは私たちです。のだけ認められたら、うちはどうなるんでしょう」
つの族が初めて、同じをにして別々の恐怖を抱いた。
千代は林と柴崎の助けを借り、周辺の状況を調べた。
の幅を広げる計画。
さな区画の理。
移転を求められるバラック。
震災と同じ所へ同じ形でを戻せないがる能性。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
集団就職で東京へ出た姉は、名前を奪われた
「明日、全部話す。冬子たちは絶対にこの工場へ来ちゃ駄目」 昭和45年12月、東京の部品工場で働く姉・春江は、そう電話をかけてきた。 翌朝、姉は女子寮から姿を消した。 作業服も保険証も残したまま、編みかけの赤いマフラーには針が刺さっていた。 会社は、姉が貯蓄会の四十二万円を持ち出し、映写技師の男と逃げたと発表した。 父は姉から届いた手紙をすべて焼き、警察にも届けなかった。 冬子が灰の中から拾えたのは、最後の一行だけ。 《会社は、私たちの給料だけでなく、名前まで預かっている》 それから二十六年後、社会保険事務所から一通の照会状が届く。 亡くなった別の女性の年金記録に、姉と同じ指紋が使われていたのだ。 さらに死亡診断書には、その女性にはなかった身体的特徴が記されていた。 《右手人差し指、第一関節より欠損》 その傷を持っていたのは、失踪前の事故で指先を失った春江だった。時代|歴史|昭和2.3万字5 107 -
完結第14話
旅館に残された姉
「修平の合格通知は、お父さんに見せてはいけない」 昭和43年、母は長男の大学合格を三日間隠し、私に命じた。 「あなたが弟を連れて、入学手続きを済ませてきて」 父に逆らってでも弟の未来を守ろうとする母を、私は初めて頼もしいと思った。 けれど、その夜。 母が父へ放った一言で、私の喜びは消えた。 「芳子が残れば、旅館は何とかなります」 私は十五歳から五年間、厨房、掃除、配膳、帳場まで無給で働いてきた。 それでも両親にとっては、すべてただの「家の手伝い」。 弟には外へ出る道を作り、私にはその穴を埋めさせるつもりだった。 私は自分が担ってきた仕事と、代わりの人を雇った場合の人件費を一枚の紙へ書き出した。 「家族だからって、私の仕事がただになるの?」 父はその紙を丸めて捨てた。 一か月後、私は旅館を出た。そして数年後、経営に行き詰まった父が私を迎えに来た時、同じ紙をもう一度差し出した。時代|歴史|昭和2.1万字5 91 -
完結第13話
昭和39年、空の給料袋を盗んだ女
「テレビの裏を――」 警察車両に乗せられる直前、母は窓越しにそう口を動かした。 昭和39年、東京五輪の開会式で社宅食堂が沸く中、停電が発生。 そのわずか十二分間に、工員二十四人分の給料袋が消えた。 予備鍵を持っていた母・静江は逮捕され、途中から犯行を認めた。 しかし、総額七十四万円は一円も見つからなかった。 娘の弘美は「泥棒の娘」と呼ばれ、母と離されたまま三十一年を生きる。 そして平成7年、取り壊される社宅の白黒テレビの裏から、油紙の包みが落ちた。 中にあったのは、空の給料袋二十四枚と、同じ人数分の給与明細。 そのうち七人は、事件の二年前に工場事故で亡くなっていた。 なぜ会社は、亡くなった工員へ給料を払い続けていたのか。 明細を見せられた父は青ざめ、弘美にこう告げた。 「これ以上調べたら、お前まで戸籍を失う」時代|歴史|昭和2.3万字5 28 -
完結第11話
名門野球部で、僕らは声を失った
「3年は神、2年は平民、1年は虫けらだ」 昭和60年、甲子園を夢見て名門野球部へ入った15歳の実は、入寮初日にそう告げられた。 笑顔も私語も禁止。 練習中に水を飲むことさえ許されない。 喉の渇きに耐えきれず、実は便所に置かれた清掃用の泥水をすすった。 それでも辞めなかった。 ここで耐え抜けば、甲子園へ行けると信じていたからだ。 ところがある深夜、食堂から一本のマヨネーズが見つかり、1年生全員が呼び出された。 犯人として名乗り出た同期の胸元から、一枚の手紙が落ちる。 そこには、寮内で繰り返されてきた暴力と、密かに処理された負傷者たちの名前が記されていた。 少年はその夜、「反省室」へ連れていかれた。 そして翌朝、学校は彼の退学を発表したが――部屋に残された履物だけは、誰の手にも触れられていなかった。時代|歴史|昭和1.7万字5 16