"震災から半年ぶりに帰った家には、知らない家族が住んでいた" 第11話
「怖いね」
「うん」
「お父さん、るよ」
「うん」
「それでもすの?」
千代は枚の受取証を見た。
円。
百円。
「す」
おふみは娘を止めなかった。
夜、庄吉へすべて話した。
父は予通り激した。
「俺を売る気か!」
「違う」
「円のまです必がどこにある!」
「隠したら、さんと同じになる」
庄吉のががりかけた。
千代はかなかった。
父のは途で止まり、ゆっくりがった。
「勝にしろ」
庄吉はそれだけ言い、背を向けた。
翌朝。
千代は呂敷包みを抱えて役所へ向かった。
には松田に利な証拠もある。
利な証拠もある。
崎に利なものも。
利になるかもしれないものも。
千代には、それが正しい選択なのかまだ分からなかった。
ただつだけ分かっていた。
つの族が半争ってきたのは、最初から「どちらか方だけが本当だった」からではない。
両方とも、本当にそこへ帰りたかったのだ。
役所の部には、松田、崎、弥兵、それに清太郎が集まった。担当者はで、が話を聞き、が類へ記録していく。裁判ではない。そこで最終な権利関係が決まるわけでもない。それでも今の区画理や移転の扱いに関わると聞き、全員の顔はかった。
最初に庄吉が話した。
震災から以借りていたこと。
毎代を払っていたこと。
広告
が焼けたあとも戻るがあったこと。
怪のため千葉へ避難していただけで、を放した覚えはないこと。
古い領収をすと、担当者は枚ずつ付を確認した。
次に弥兵が話した。
震災、松田から連絡がなかったこと。
代も入らなかったこと。
庄吉へ円を渡し、を理する話をしたこと。
空を放置できず、崎へ貸したこと。
「円はけ渡しの対価だったんですか」
担当者が尋ねた。
弥兵は瞬だけ黙った。
「そのつもりでした」
「面には?」
「震災直で、そこまでった面は」
そこで千代が受取証をした。
表には円を受け取った事実。
裏にはい《理》の文字。
しかしけ渡し、借放棄などの文言はない。
庄吉は横を向いたままだった。
次にさよが契約をした。
「百円払いました」
弥兵がすぐを挟んだ。
「円です」
さよは百円の受取証をした。
部が静かになった。
「これは?」
担当者が尋ねる。
弥兵は清太郎を見た。
清太郎が答えた。
「建物を建てるための配費などが含まれています」
「内訳はありますか」
「震災直ですから、全部は」
千代は林の仮帳面の写しをした。
崎さよ、円。
残り円の記録なし。
さらに《旧借処理済》の記載。
扱いになっていた峰源次郎の件。
に戻ると葉をしていた辰次郎の件。
広告
つずつ説した。
清太郎の顔から余裕が消えていった。
「その帳面は正式なものではありません」
「だから持ってきました」
千代が言った。
「正式じゃないなら、何のための帳面だったのかりたいんです」
「あなたは何を求めているんですか」
担当者が千代へ尋ねた。
千代は答えに詰まった。
父のを返してほしい。
そう言えば簡単だった。
だが崎を追いしてほしいとは言えない。
「松田が震災からそこにんでいたことを、なかったことにしないでください」
千代は言った。
「それから、崎さんたちが勝に入ったことにも、しないでください」
庄吉が顔をげた。
「千代」
「どっちも本当なんです」
「そんなことを言ったら」
「最初から、ややこしいんだよ」
千代は父を見た。
「どっちかが棒だったことにした方が簡単なだけで」
誰もすぐにはをかなかった。
担当者は類を理し、側へ追加資料の提を求めた。
そして最に、机のへ別の図面を広げた。
「もうつ、皆さんに説しておくことがあります」
松田と崎が争っている区画。
そのを、太い線が通っていた。
拡張予定線だった。
庄吉の顔から血の気が引いた。
「これは……いつ決まった」
「最終な調は残っています。ただ、この帯は従来の区画のまま復旧する予定ではありません」
半取り戻そうとした。
半守ろうとしたバラック。
そのどちらも、同じ所には残らない能性がくなった。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
集団就職で東京へ出た姉は、名前を奪われた
「明日、全部話す。冬子たちは絶対にこの工場へ来ちゃ駄目」 昭和45年12月、東京の部品工場で働く姉・春江は、そう電話をかけてきた。 翌朝、姉は女子寮から姿を消した。 作業服も保険証も残したまま、編みかけの赤いマフラーには針が刺さっていた。 会社は、姉が貯蓄会の四十二万円を持ち出し、映写技師の男と逃げたと発表した。 父は姉から届いた手紙をすべて焼き、警察にも届けなかった。 冬子が灰の中から拾えたのは、最後の一行だけ。 《会社は、私たちの給料だけでなく、名前まで預かっている》 それから二十六年後、社会保険事務所から一通の照会状が届く。 亡くなった別の女性の年金記録に、姉と同じ指紋が使われていたのだ。 さらに死亡診断書には、その女性にはなかった身体的特徴が記されていた。 《右手人差し指、第一関節より欠損》 その傷を持っていたのは、失踪前の事故で指先を失った春江だった。時代|歴史|昭和2.3万字5 107 -
完結第14話
旅館に残された姉
「修平の合格通知は、お父さんに見せてはいけない」 昭和43年、母は長男の大学合格を三日間隠し、私に命じた。 「あなたが弟を連れて、入学手続きを済ませてきて」 父に逆らってでも弟の未来を守ろうとする母を、私は初めて頼もしいと思った。 けれど、その夜。 母が父へ放った一言で、私の喜びは消えた。 「芳子が残れば、旅館は何とかなります」 私は十五歳から五年間、厨房、掃除、配膳、帳場まで無給で働いてきた。 それでも両親にとっては、すべてただの「家の手伝い」。 弟には外へ出る道を作り、私にはその穴を埋めさせるつもりだった。 私は自分が担ってきた仕事と、代わりの人を雇った場合の人件費を一枚の紙へ書き出した。 「家族だからって、私の仕事がただになるの?」 父はその紙を丸めて捨てた。 一か月後、私は旅館を出た。そして数年後、経営に行き詰まった父が私を迎えに来た時、同じ紙をもう一度差し出した。時代|歴史|昭和2.1万字5 91 -
完結第13話
昭和39年、空の給料袋を盗んだ女
「テレビの裏を――」 警察車両に乗せられる直前、母は窓越しにそう口を動かした。 昭和39年、東京五輪の開会式で社宅食堂が沸く中、停電が発生。 そのわずか十二分間に、工員二十四人分の給料袋が消えた。 予備鍵を持っていた母・静江は逮捕され、途中から犯行を認めた。 しかし、総額七十四万円は一円も見つからなかった。 娘の弘美は「泥棒の娘」と呼ばれ、母と離されたまま三十一年を生きる。 そして平成7年、取り壊される社宅の白黒テレビの裏から、油紙の包みが落ちた。 中にあったのは、空の給料袋二十四枚と、同じ人数分の給与明細。 そのうち七人は、事件の二年前に工場事故で亡くなっていた。 なぜ会社は、亡くなった工員へ給料を払い続けていたのか。 明細を見せられた父は青ざめ、弘美にこう告げた。 「これ以上調べたら、お前まで戸籍を失う」時代|歴史|昭和2.3万字5 28 -
完結第11話
名門野球部で、僕らは声を失った
「3年は神、2年は平民、1年は虫けらだ」 昭和60年、甲子園を夢見て名門野球部へ入った15歳の実は、入寮初日にそう告げられた。 笑顔も私語も禁止。 練習中に水を飲むことさえ許されない。 喉の渇きに耐えきれず、実は便所に置かれた清掃用の泥水をすすった。 それでも辞めなかった。 ここで耐え抜けば、甲子園へ行けると信じていたからだ。 ところがある深夜、食堂から一本のマヨネーズが見つかり、1年生全員が呼び出された。 犯人として名乗り出た同期の胸元から、一枚の手紙が落ちる。 そこには、寮内で繰り返されてきた暴力と、密かに処理された負傷者たちの名前が記されていた。 少年はその夜、「反省室」へ連れていかれた。 そして翌朝、学校は彼の退学を発表したが――部屋に残された履物だけは、誰の手にも触れられていなかった。時代|歴史|昭和1.7万字5 16