"震災から半年ぶりに帰った家には、知らない家族が住んでいた" 第12話
争いのが、そこで根本から変わった。
庄吉は役所からたあと、言も話さなかった。
千代たちがろを歩いても振り返らず、杖をついて焼け跡のをんだ。へ着く直になってようやくち止まり、「になるなら、俺が半やってきたことは何だったんだ」と呟いた。
千代には答えられなかった。
そのの夕方、さよも同じような顔をしていた。
「百円払って、借して、まで建てたのに」
が母の横で唇を噛んでいた。
「壊すんですか、これ」
「まだ決まったわけじゃないよ」
さよはそう答えたが、声に力はなかった。
それから数週、話はを「どちらへ返すか」ではなく、誰がどのようなで移転や調の対象になるのかへ移った。
には、震災の借を律に「処理済」とした経緯について説が求められた。峰やも名乗りたことで、松田だけの言い分として片づけることができなくなった。
清太郎が受け取ったとみられる記録のについても、複数のしい借り主から証言がた。
百円払ったのに帳簿は円。
円払ったのに円。
「建築承諾」「理数料」「紹介料」と言われたが、受取証には総額しかない。
弥兵は「甥に任せていた」と主張した。
清太郎は「伯父もっていた」と反論した。
のにも亀裂が入った。
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それでも、を悪者にすれば松田のが戻るわけではない。
計画は別にむ。
バラックの移転も避けられない。
庄吉はその現実をなかなか受け入れられなかった。
「せめて松田が正しい借り主だったと認めさせる」
父はそう言い続けた。
千代は止めなかった。
それは父にとって必なことだと、今は分かっていた。
ただし崎を法占拠者にする必はない。
震災の松田の居実績。
震災の崎の契約と建築。
両方を記録に残す。
それが千代の求めるものになった。
やがて調の結果、松田については震災から継続して借関係があった事実が確認され、円の受領だけをもって確に放棄したとは扱わないことになった。方で崎も、主から契約を受け、自費で建物を建てた現の居者として事を考慮されることになった。
どちらかが完全に勝ったわけではない。
側が受け取った記録のについては別途精算の話しいがわれ、さよはなくとも円の部を返してもらえる見通しを得た。すぐ全額が戻るわけではなく、清太郎が使った分について争いも残った。
庄吉は満だった。
さよも満だった。
千代も、これを「解決」と呼んでいいのか分からなかった。
ただつ、最初と違うことがあった。
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もう誰も、松田を「戻ってこなかった族」とは言わなかった。
もう誰も、崎を「勝に入り込んだ族」とは言わなかった。
それぞれの半が、ようやく同じのに残った。
移転のらせが正式に届いたのは、初だった。
松田が震災にみ、崎がバラックを建てた区画は、拡張のため部が削られることになった。残る部分も形が変わり、以と同じさなをそのまま置くことは難しい。
庄吉は通を読んだあと、丸をきかなかった。
翌朝、でへった。
千代がを追うと、父は崎のバラックのにっていた。
さよもへている。
はしばらく何も話さなかった。
先にをいたのは庄吉だった。
「いつる」
「来の半ばまでには」
「次は決まったのか」
「仮のところが」
「そうか」
それだけだった。
さよが聞いた。
「松田さんは?」
「しの方に借を見つけた」
「仕事は」
「またからだ」
庄吉は苦笑した。
「今度は表を作業にできるほど広くない」
「うちも、今度は建てません」
さよが言った。
「借りたに入ります。もう板を打つのは懲りました」
とも笑わなかった。
それでも、以のような敵はなかった。
引っ越しのがづくと、崎はバラックをしずつ解体し始めた。使える板や柱は次のまいへ持っていく。が根のから板をしていると、庄吉が黙ってづいた。
「その釘の抜き方じゃ板が割れる」
が驚いてを止めた。
庄吉は槌を受け取り、釘のの横へい片を入れた。
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