"震災から半年ぶりに帰った家には、知らない家族が住んでいた" 第13話
「こうやる」
「……ありがとうございます」
「板は事にしろ。今は材がい」
それだけ言い、次の板へ移った。
千代はしれた所から見ていた。
父が崎のを壊す。
半なら、庄吉が望んでいた景だったかもしれない。
だが今は、追いすためではない。
次のへ持っていくために、壊さずしている。
正と浩も板を運んだ。
子は邪魔にならないよう端に座り、抜いた釘を缶へ集めた。
おふみとさよは台所具を包んだ。
つの族が初めて同じ所で緒に働いた。
夕方、壁が半分なくなると、以の松田の礎がよく見えるようになった。
庄吉はそこへ腰をろした。
「ここが流しだった」
さよも隣へった。
「うちは、その辺に竈を置いてました」
同じ数坪のに、つの台所があった。
同じにはしなかった。
けれど、どちらも確かにそこにあった。
松田が移ったのは、本所の側にあるさな借だった。
震災のより狭く、表通りから本入った所にある。庄吉が仕事をするには便だったが、主が裏の物置を使ってよいと言ってくれたため、父はそこへ残った具を並べた。
最初の数は、誰も「しい」と呼ばなかった。
おふみは「今度のところ」。
正は「こっち」。
庄吉は「借」。
千代だけが所を何度もへいた。
仕事先へらせるため。
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へらせるため。
役所へ届けるため。
くたびにしずつ、その文字が自分たちのものになった。
庄吉の仕事もしずつ戻った。
震災は建具を必とするがかった。
しく建てる。
修理する。
仮まいでも障子を入れたい。
父は以の得先を失った方、しい町のでしい仕事を得た。
ある、庄吉が千代へ言った。
「帳面を作ってくれ」
「何の?」
「仕事の」
父は震災、の入りをのだけで覚えていることがかった。
「今度から全部く」
千代は笑った。
「円のことがあったから?」
庄吉は嫌そうな顔をした。
「余計なこと言うな」
それでも否定しなかった。
千代は父のためにしい帳面を買った。
最初のページへ、
《正 松田建具》
といた。
そのにしい所。
庄吉はしばらくそれを見ていた。
「松田建具、か」
「嫌?」
「いや」
父は鉛を持った。
最初の仕事は、所の菓子の戸棚修理だった。
代円銭。
材料代円銭。
父は自分でいた。
崎はしれた所の仮居へ移った。
さよは縫い物の仕事を始め、も所の仕で働くようになった。から戻ったの部は、親戚へ借りた百円の返済に回した。
全額ではない。
借も残った。
それでも「何にいくら払ったか分からない」ではなくなった。
千代とは々会った。
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で歩いていると、以ののくを通ることがある。
バラックはもうない。
礎も掘り起こされた。
事のため、面そのものが削られている。
が度だけ言った。
「変なじですね」
「何が?」
「私、あそこにがあったって、もう自信なくなりそう」
千代も同じだった。
自分がく「」と呼んだ所なのに、面の形が変わるだけで記憶まで曖昧になる。
「あったよ」
千代は言った。
「うちも」
が笑った。
「軒とも?」
「軒とも」
それで分だった。
それからが過ぎた。
昭の、歳になった千代は、仕事の用事で昔の町を通った。
震災直の焼け跡は、もうほとんど残っていなかった。
は広くなった。
しいが架かり、が並び、以とは違う所にの流れができている。昔なら細いだったところを自がり、千代が子どもの頃に毎朝を汲んだ井戸がどこにあったのかも分からない。
松田のあった所へってみた。
正確な位置を探そうとしたが、できなかった。
父が指差した焼けた礎もない。
崎のトタン根もない。
が塞いだ板壁もない。
広いの部になっていた。
「ここだったかな」
千代はさく呟いた。
通が横を通り過ぎる。
誰もそこにつの族が暮らしたことをらない。
千代は鞄から古いを枚した。
父の円の受取証。
さよの百円の受取証ではない。
そちらは本へ返した。
もう枚は、父が震災に払った最の代領収だった。
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