"夕飯のカレーを笑った友人が、私のレシピを欲しがった" 第1話
「夕飯にカレーはありえない」
「えー、夕飯にカレーはありえないよ。うちの族、夜にカレーなんてべたことない」
真理子は、パスタを巻きつけたフォークを元で止めたまま、し眉を寄せた。向かいに座っていた私は、今晩の献を考えながら、ただ何気なく「久しぶりにカレーにしようかな」とにしただけだった。窓のはので、駅のイタリアンレストランには、濡れた傘を持った客が次々に入ってくる。昼休みのいに、そこまでいのある話をするつもりはなかった。
「夜にカレーをべないなら、いつべるの?」と私が笑って返すと、真理子は「お昼でしょ。夜はちゃんとしたおかずを作るもの」と、まるで当然のことを説するように言った。隣にいた由が困ったように笑い、話題を変えようとしたが、真理子は止まらなかった。「カレーはマジでありえない。子どもがかわいそうじゃない?」その言い方には、冗談に見せかけたさな棘があった。
私は曖昧に笑った。では2週に1回くらいカレーを作る。夫の修司も、1の息子の航もんでべてくれる。鍋いっぱいに作れば翌の昼にもべられるし、野菜を刻んで煮込むに洗濯物を取り込める。誰かに申し訳なくうような献ではない。それでも、真理子の「かわいそう」
広告
という言葉は、帰りののでも胸に残った。
夕方、台所で玉ねぎを刻んでいると、航が部活から帰ってきた。制の着を子に掛け、鍋の蓋をしけるなり、「今カレー?」と声を弾ませた。修司も仕事から戻ると、玄関で匂いに気づいたらしく、「いいな、今は当たりだ」と笑った。卓では2ともおかわりをした。私はその様子を見て、友の言葉を気にする必などないとい直した。
ところが、器を洗い終えてスマートフォンを見たとき、昼の会話がまたに浮かんだ。真理子は、あんなにい調で何度も「ありえない」と言った。私が気にしすぎなのか、それとも何か見される理由があるのか。答えのない問いを抱えたまま、私は洗った皿を棚に戻した。
真理子とりったのは、航が学に入学しただった。保護者会で隣に座った彼女は、私よりしで、声がよく通り、誰とでもすぐに打ち解けた。夫の転勤でこの町に来たばかりだった私は、学のことも所のことも分からず、真理子が教えてくれる報に何度も助けられた。運会の所取り、制の採寸、域の病院。彼女はいつも「困ったら言ってね」と言い、私はその言葉を素直に受け取っていた。
そのうち子どもたちは別々の学にみ、学事で顔をわせる会は減った。
広告
それでも私たちはに1度ほどランチをし、誕にはいメッセージを送りった。私が父の入院で忙しかった期には、真理子が何度か買い物を伝ってくれたこともある。だから、今の言だけで彼女を悪くいたくなかった。
真理子とのいを振り返ると、助けてもらった面ばかりではない。航が学のとき、私は保護者会の資料を忘れ、彼女が予備を貸してくれた。父の入院が決まった週には、私が買い物にけないとって、牛乳やパンを玄関に置いてくれた。だからこそ、最の言葉を聞いても、すぐに彼女を疑えなかった。親切にされた記憶は、今のを取り消さない。それでも、どちらかだけを選んで相を決めつけるのではなく、よかったことも、嫌だったことも、両方を覚えていていいのだとった。
翌朝、真理子からメッセージが届いた。
《昨はごめんね。でも本当にびっくりしちゃって。夕飯は族の健康を考えて作らないとね》
謝罪の形をしているのに、最の文は昨よりく響いた。私は返信欄に「うちはみんなんでべているよ」と打ち込み、送るに消した。言い返せばさなことをげさにするだとわれる。そう考えて、いつも通りのスタンプだけを送った。
その数、航が学から持ち帰ったプリントを卓に置いた。
文化祭で、保護者が軽をす模擬を伝うらしい。私は域委員の当番に名が入っていた。担当を確認すると、同じ班に真理子の名もある。彼女は学の広報委員をく務めていて、保護者のでも顔が広かった。
「お母さん、真理子さんも来るんだね」航が言った。「の説会で会ったよ。すごくきっちりしてるだよね」
私は返事をせず、プリントを蔵庫に貼った。カレーのことなど、もう忘れたつもりだった。けれど翌週、委員のグループチャットに真理子からしい提案が流れてきた。
《向けなら、カレーは軽でいいといます。由美子さん、いつもで作ってるんでしょう?レシピを教えてもらえたら助かるな》
昼のときには「夕飯にカレーはありえない」と言った彼女が、今度は私にカレーを頼んでいる。私は画面を見つめたまま、返信を打てずにいた。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
お湯を奪われた嫁
真冬の夜、義母から「安月給の嫁には水で十分」と風呂を禁じられた真理子。三年間、家計と家事を支えながら侮辱に耐えてきた彼女は、その日を境に生活費の負担をすべて停止する。 月九万円と無償の家事が消え、夫と義母の暮らしはたちまち崩れ始めた。そんな中、真理子は床下から亡き義父の黒革の手帳を発見する。 そこには、彼女の生活を守るために遺された二千万円の信託と、虐待があれば義母の居住権を失わせる誓約書が隠されていた。しかも夫は、その金を三年間にわたり遊興費へ流用していた。 お湯さえ惜しんだ親子に突きつけられる、凍結された口座と刑事告訴の可能性。沈黙を捨てた真理子は、奪われた金だけでなく、自らの尊厳と人生を取り戻すため、静かな清算を始める。因果応報|嫁姑|修羅場1.9万字5 175 -
完結第12話
産後5日、家を売られた私の人生やり直し
出産から5日後、生まれたばかりの娘を抱いて帰宅した美緒を待っていたのは、家具も家電も消えた空の部屋だった。夫はマンションを売り、妻の預金860万円を持ち出し、愛人との新生活へ逃げていた。さらに、美緒の署名を偽造した離婚届まで提出されていた。 結婚指輪を売って実家へ帰る切符を買った美緒は、駅で妻の最期に間に合わないと嘆く老人へ、その切符を譲ってしまう。 数日後、老人は企業グループの創業者として美緒の前に現れた。しかも夫が盗んだ金で設立した会社は、老人の会社へ1億2000万円の出資を求めていた。 すべてを奪って勝ったつもりの夫は、まだ知らない。自分の会社の命運が、捨てた妻の手元に集まり始めた証拠によって左右されることを夫婦|裡の顔|金銭問題1.7万字5 434 -
完結第19話
毎日ラーメンをもらいに来た老人の遺言
夫を亡くし、一人で暮らすさくらのもとへ、毎夕ラーメンを一袋だけ求めに来る老人・源蔵。厳しい冬を案じた彼女は、見返りを求めず一箱分のラーメンを贈る。しかし三日後、源蔵は隣の古い家で静かに息を引き取っていた。 室内で見つかったのは、貧しい暮らしには似つかわしくない巨大な金庫。そして現れた息子夫婦は、父の死を悼むことなく、莫大な財産を自分たちのものだと主張する。 やがて一人の弁護士が読み上げた遺言により、源蔵が数十億円の資産を持つ実業家だったことが判明する。全財産を託されたのは、血のつながった息子ではなく、ラーメンを贈ったさくらだった。だが金庫の奥には、遺産以上に恐ろしい、息子夫婦の罪を暴く黒いファイルが残されていた。裡の顔|真相|第二の人生|介護2.8万字5 629 -
完結第13話
長女の命日、夢に現れた娘が告げたこと
長女・真紀の命日、納骨堂へ向かう途中で眠った佳代の夢に、亡き娘が現れる。 「お母さん、私のところに来ないで。妹のところへ行って!」 胸騒ぎに従い次女・奈緒の家へ向かうと、夫と姑が奈緒名義のマンションを売らせようとしていた。1200万円の借金、腫れた手首、怯える孫。佳代は母娘を連れ出すが、夫から届いた一文によって、三年前の真紀の事故と奈緒が隠してきた秘密がつながり始める。 《真紀が死んだのを忘れたのか》 真紀はなぜ、あの雨の夜に車を走らせていたのか。亡き娘の言葉に導かれた母が、生きている娘を支配と罪悪感から取り戻す家族再生の物語。裡切られた|夫婦|親子関係|修羅場1.8万字5 765 -
完結第10話
60万円の命の値段
危篤の父を救うため、夫に60万円を貸してほしいと土下座した美央。だが夫は、父を「無価値な老人」と嘲り、金を拒んだうえ、離婚と義母の無給介護まで言い渡した。 美央は静かに家を出て、3年間封印していた一本の電話をかける。 彼女の正体は、日本最大級の企業連合「天馬グループ」の後継者。そして夫が誇る勤務先は、その巨大組織の末端企業にすぎなかった。 調査を進めると、夫の横領だけでなく、総額3億2000万円に及ぶ不正取引への関与まで判明する。何も知らない夫は、父の葬儀へ美央を連れ戻しに来ると宣言した。 しかしその会場で彼を待つのは、捨てた妻ではなく、数万人の頂点に立った新たな統帥だった。裡切られた|怒り|夫婦|介護|修羅場1.5万字5 355 -
完結第13話
兄夫婦を亡くした日、5歳の双子を家族にした
医師の美緒を育て、医学部まで送り出してくれた兄夫婦が、突然の事故で同時に亡くなった。残されたのは5歳の双子。16年前、自分を引き取ってくれた兄への恩を返すため、美緒は二人を育てると決め、婚約者の蓮へ一方的に別れを告げる。 「子供を育てることが、借金返済なのか」 蓮の言葉にも、美緒の決意は変わらなかった。ところが兄夫婦が残した《もしもの時》というファイルには、美緒を最初の相談相手に指定すると同時に、意外な一文が記されていた。 《美緒に一人で決めさせないこと。必ず桜井蓮にも相談する》 受け取った愛情を返すため、自分の幸せを諦めることは本当に正しいのか。二人の子供と婚約者、そして周囲の手を借りながら、美緒が「犠牲ではない家族」の形を探していく物語。兄弟姉妹|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 522 -
完結第11話
赤提灯から始まる逆転
濡れ衣を着せられ、会社を追われた天才技術者・鈴鹿行。半年かけて開発したセキュリティシステムを上司に奪われ、4500万円の損害賠償まで突きつけられた彼は、すべてを失った雨の夜、居酒屋で無銭飲食を疑われた老人の代金を肩代わりする。 翌日、上司が反社会的勢力と結び、システムを横流ししようとしていた事実が発覚。後輩まで人質に取られ、鈴鹿が追い詰められた瞬間、一本の電話が入る。 「十秒後に車が来る。迷わず乗れ」 現れた黒塗りの高級車に乗っていたのは、昨夜の老人だった。その正体は、鈴鹿の会社を傘下に持つ巨大企業グループの創業者。上司が盗んだシステムを自分の成果として披露する役員会で、二人はすべてを覆す反撃を仕掛ける。職場逆転|裡切られた|怒り|第二の人生1.6万字5 271 -
完結第12話
「もう連絡しないで」と言った娘から48件の着信
夫と親友に裏切られてから22年、恵子は一人娘の美咲を育ててきた。ところが結婚を目前にした娘から、突然「これからは夫の家族だけを大事にする。もう連絡しないで」と告げられる。恵子は追いすがらず、「そう、ありがとう」とだけ答え、結婚式の手配から静かに身を引いた。 翌朝、美咲から届いた48件の着信。式場への連絡が途絶えたことで、娘が密かに親族席へ加えていた二人の名前が明らかになる。それは、22年前に恵子を捨てた元夫と、かつての親友だった。 なぜ娘は、母に黙って二人を招いたのか。親子の間に積み重なった沈黙をたどるうち、元夫が語った「母が父娘を引き裂いた」という、もう一つの過去が浮かび上がる。夫婦|相続|親子関係|金銭問題|修羅場1.8万字5 1150 -
完結第12話
寝室のベッドの下に隠されていたもの
寝室のベッドの汚れが気になり、清掃業者を呼んだ高島怜奈。 ところが、六年間動かしていなかったベッドの裏から見つかったのは、枕元へ向けられた小型カメラとマイク、そして謎の装置だった。 さらに奥には、叔母から相続した一億八千万円の財産資料と、怜奈の日常を細かく記した〈生活能力観察記録〉が隠されていた。 頭痛、物忘れ、薬を飲んだ時間、夜中に起きた回数――。 半年間、自分でも「最近おかしい」と感じていた症状まで、なぜかすべて記録されている。 そして最後に残されていたのは、夫の筆跡による一文だった。 〈本人が自己管理不能と認めた段階で、委任状へ署名させる〉 十二年間信じてきた夫の優しさは、本当に愛情だったのか。 ベッドの下から始まった小さな違和感は、やがて怜奈の財産、仕事、そして「自分の記憶」さえ奪おうとする長年の計画へとつながっていく。夫婦|裡の顔2.2万字5 265