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"夕飯のカレーを笑った友人が、私のレシピを欲しがった" 第8話

うちの族はべない

会議のあと、真理子から連絡はなかった。私はそれを、関係が終わったというだとい込もうとした。ところが数、由から「真理子さんが、あなたのことを配していると言っていた」と聞かされた。彼女は周囲に、私が文化祭のことで過敏になっているから、し距を置いているのだと説していた。

「配って言いながら、私が悪いみたいに話してるんだね」

「そう聞こえた。私はそので、由美子が担当したことは本当だと伝えたよ」由は言った。「でも、みんながどこまで理解したかは分からない」

私はもう、全員に自分を分かってもらおうとするのをやめた。真理子とく付きってきたたちは、彼女の説を信じるかもしれない。それは私には止められない。自分がどうするかだけを決めればよかった。

その週末、私は久しぶりに母のへった。母は暮らしで、最は膝の痛みがている。買い物を伝い、昼を作ると、母は「あなたのカレーは昔から甘いね」と笑った。航がさいころ、べやすいようにりんごをすりおろして入れていた。そのを、母はまだ覚えていた。

「最、友達に夕飯のカレーはありえないって言われたの」私は、母にだけは話せる気がしてにした。

母は鍋をかき混ぜながら、「そのは、カレーをべないの?」

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と尋ねた。

「ではべたことがないって」

「それなら、そののではそうなんでしょう。うちはうちだよ」

簡単な答えだった。私はその言で、ずっと引っかかっていたものがしほどけるのをじた。夕に何をすかは、庭ごとに違う。真理子のがカレーをべないなら、それでいい。だからといって、私のの卓を笑っていい理由にはならない。

帰宅すると、航が母のから持ち帰ったリンゴを洗っていた。「おばあちゃん、まだ母さんのカレーの話覚えてた?」

「うん。さいころからべてたからね」

「俺も好きだよ」彼は言った。「別に毎じゃないし、誰に迷惑かけるわけでもない」

私は笑った。「そうだね」

翌週、学の広報サイトの記事が訂正された。レシピの考案と試作を私が担当したこと、材調や管理には委員全員が協力したことが記されている。私の名がきく載ったわけではないが、事実が正確になった。それで分だった。

真理子は記事の訂正について、私に何も言わなかった。代わりに、共通の友たちの集まりで、「カレーはによって違うのに、あんなに揉めることになるなんてわなかった」と話していたらしい。彼女は、私がカレーのことで騒いだように伝えている。けれど、私はもう訂正しにかなかった。違うとうには、必なときに必な事実だけを伝えればいい。

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それから2週ほどして、真理子からいメッセージが届いた。

《久しぶり。今度、ランチしない?話したいことがある》

私は、すぐに返事をしなかった。昔なら、彼女の誘いに予定をわせていた。今は、会いたいかどうかを自分に尋ねた。答えはすぐになかった。りはしれていたが、信頼が戻ったわけではない。

翌、私は「今は会う気持ちになれない。しばらく距を置きたい」と返信した。送信したあと、が震えるかとったが、何も起きなかった。自分の気持ちを伝えることは、っていたほど危険ではなかった。

その夜、真理子から返事が来た。「分かった。私も、言い方が悪かったとってる。落ち着いたらまた話そう」

謝罪には、何に対してかがかれていなかった。私は「分かった」とだけ返した。許すかどうかは、今決めなくてもよかった。

その頃、真理子の庭でも変化が起きていた。由から、真理子の夫が健康診断で血糖値を指摘され、事の記録をつけるようになったと聞いた。以は、真理子が作る夕を写真に撮り、SNSに載せることがかったが、最は投稿が減っているという。

真理子がカレーを避けていたのは、族がべたことがないからではなかった。私には関係のない事かもしれない。けれど、彼女がで「うちの族は夜にカレーなんてべたことない」

と言い切った言葉が、別のを帯び始めていた。

それから数、由が私に枚の写真を送ってきた。真理子の夫が、文化祭のに学の模擬でカレーをべている写真だった。皿を持ち、笑いながらスプーンをに運んでいる。由は、彼が「真理子のカレーより、これの方がうまいな」と冗談めかして言ったのを聞いたという。

私は写真を見つめた。真理子は族がカレーをべないと言っていた。けれど、彼女の夫はんでべていた。

卓の話は、好みの問題だけではなかったのかもしれない。

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