"夕飯のカレーを笑った友人が、私のレシピを欲しがった" 第9話
卓の写真
真理子の夫が文化祭のカレーをべた写真を見てから、私はしばらくそのことを考えていた。彼女がでカレーをさないのは自由だ。族の事があるのかもしれないし、単に好みが違うのかもしれない。けれど「度もべたことがない」とく言い切り、私のを見したことは別の話だった。
私は真理子にその写真のことを尋ねなかった。彼女のの事を聞きして、勝ち負けをつけたいわけではない。それでも由から聞いた話は、に残った。真理子は最、域の公民館でかれる料理サークルに参加し、庭料理の講師役を頼まれているらしい。文化祭の準備でも、事の話題になると必以に「きちんと作ること」を調していた。
ある曜、私は買い物帰りに公民館のを通った。入の掲示板に、来の「族にばれる夕講座」の案内が貼られている。講師欄に真理子の名があった。写真には、いエプロンをつけた彼女が、鮮やかな副菜を並べたテーブルので笑っている。講座の紹介文には「毎の卓を丁寧にえるコツ」とあった。
私はを止めた。案内の端には、参加者に配るレシピ冊子の見本も掲示されていた。料理名のひとつに「族がぶ特製カレー」とある。レシピのには「講師・佐藤真理子」
広告
と印刷されていた。私は面を見たまま、しばらくけなかった。そこに並ぶ材料の比率は、文化祭で私が作ったものとほとんど同じだった。
公民館の職員に尋ねると、冊子は講師本が作ったデータをもとに印刷したという。私は自分の名をすことより、レシピの由来を確認したかった。担当者は「真理子さんから、以の文化祭で好評だったご庭のを再現したと聞いています」と説した。
「このレシピは、文化祭のために私が作ったものです。真理子さんにも、そのことは伝えてあります」
職員は困った表をした。「そうだったんですか。確認します。講座はまだ先ですから、冊子の修正はできます」
私は説に必な資料を渡した。付のある初稿、試作の記録、広報記事の訂正版。相を困らせるためではなく、講座に来るへ正確な報を届けるためだと伝えた。職員は、真理子に確認してから返事をすると約束した。
公民館の案内を見た翌、私は講座の申し込みページをいた。参加者の欄には、親子連れや齢者の名が並んでいた。料理が得なだけでなく、毎の献に悩んでいるも来るのだろう。そこに配られるレシピが誰のによるものかを曖昧にしたままにするのは、私と真理子のだけの問題ではない。作り方をりたいにとって、どんな夫をねたなのかは切な報だ。
広告
私は公民館に送る説を何度も読み直した。りのままけば、真理子の柄を責める文章になってしまう。けれど、必なのは、私が何を作り、いつ渡し、どのように使われたかを伝えることだった。説文から「彼女は自分のもののように振るった」という文を削り、代わりに付と資料名を並べた。送信したあと、これ以、彼女の図を推測してかないと決めた。
そのの夜、真理子から話があった。声にはりより、疲れがにじんでいた。「公民館に何を言ったの?」
「文化祭のレシピを、講座の冊子に私のものだと分からない形で載せていたから、事実を伝えたよ」
「また名の話?私は講師を頼まれたから、冊子をえただけ。レシピをし変えたし、文化祭で使ったものと同じではないでしょう」
「分量と順がほとんど同じだよ」
「料理なんて、似たようなものになることはあるよ」
彼女の言葉は、以と変わらなかった。私は胸のでいくつかの返答を考えたが、どれも必なかった。
「公民館のが確認するよ。私は、作ったが分かるようにしてほしいと伝えただけ」
「由美子さんは、私を講師からろしたいの?」
「そういう話はしていない」
「私にはそう見える。文化祭のときも、あなたは私が柄を取ったと言った。そんなつもりはなかったのに」
私はし黙った。
真理子は、いつも私のを自分への攻撃に置き換える。私が事実を示すと、彼女は傷ついたになり、私が悪いになる。
「真理子さん。私はあなたの講師役を奪いたいわけじゃない。でも、私が作ったレシピをあなたのものとしてすことには同できない。それだけだよ」
話の向こうで、彼女が息を吐いた。「由美子さんは、はそんなこと言わなかった」
「は、言っても変わらないとっていたから」
「それって、私をずっと悪者だとっていたってこと?」
「そうじゃないよ。私が嫌だったことを、嫌だと言えなかっただけ」
真理子は何も返さなかった。やがて「もういい」と言い、話を切った。私はそので、しばらくスマートフォンを持ったままっていた。胸は痛んだが、今度は自分の言葉を取り消そうとはわなかった。
数、公民館から連絡があった。冊子のカレーのページには、文化祭での共同制作として私の名も記載することになった。講座そのものは予定通りわれる。真理子は担当職員に対し、「文化祭のレシピを参考にしたことを伝え忘れた」と説したという。
私はその連絡を受け、これで区切りだとった。けれど講座の、真理子からメッセージが届いた。
《、公民館でし話せない?講座のあとでいいから》
私は画面を閉じた。
返事をすぐに送ることはできなかった。今度会うなら、何を話すのかを先に決めておきたいとった。
公民館の職員は、レシピの差し替えだけでなく、講座の募集ページも確認したいと言った。案内には「講師が族に作ってきた」とかれていたが、真理子はでそのカレーを作ったことがないと私自が聞いている。私はその会話を持ちさず、文化祭の準備記録に残っている事実だけを説した。職員は「誤解のない紹介文に直します」と約束し、真理子にも確認を取ると話した。
帰宅してから、私は自分がどこまで関わるべきかを考えた。真理子を公民館の講師からすことが目なら、もっとい言い方もできたはずだ。しかし、彼女に罰を与えることと、私の仕事を正確に記録してもらうことは別だった。私は者だけを望んでいる。修司にそう話すと、彼は「それなら、話す範囲を決めておけばいい」と言った。
翌、公民館から届いた修正版には、講師紹介とレシピの由来が分けて記載されていた。真理子は講師として自の庭料理を紹介し、カレーについては文化祭の試作を通して私と緒に仕げたものだと説する。私はその文章を確認し、誤りがないと返信した。名が載ることより、誰が何をしたのかを曖昧にしないことが切だと、今は分かっていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
お湯を奪われた嫁
真冬の夜、義母から「安月給の嫁には水で十分」と風呂を禁じられた真理子。三年間、家計と家事を支えながら侮辱に耐えてきた彼女は、その日を境に生活費の負担をすべて停止する。 月九万円と無償の家事が消え、夫と義母の暮らしはたちまち崩れ始めた。そんな中、真理子は床下から亡き義父の黒革の手帳を発見する。 そこには、彼女の生活を守るために遺された二千万円の信託と、虐待があれば義母の居住権を失わせる誓約書が隠されていた。しかも夫は、その金を三年間にわたり遊興費へ流用していた。 お湯さえ惜しんだ親子に突きつけられる、凍結された口座と刑事告訴の可能性。沈黙を捨てた真理子は、奪われた金だけでなく、自らの尊厳と人生を取り戻すため、静かな清算を始める。因果応報|嫁姑|修羅場1.9万字5 175 -
完結第12話
産後5日、家を売られた私の人生やり直し
出産から5日後、生まれたばかりの娘を抱いて帰宅した美緒を待っていたのは、家具も家電も消えた空の部屋だった。夫はマンションを売り、妻の預金860万円を持ち出し、愛人との新生活へ逃げていた。さらに、美緒の署名を偽造した離婚届まで提出されていた。 結婚指輪を売って実家へ帰る切符を買った美緒は、駅で妻の最期に間に合わないと嘆く老人へ、その切符を譲ってしまう。 数日後、老人は企業グループの創業者として美緒の前に現れた。しかも夫が盗んだ金で設立した会社は、老人の会社へ1億2000万円の出資を求めていた。 すべてを奪って勝ったつもりの夫は、まだ知らない。自分の会社の命運が、捨てた妻の手元に集まり始めた証拠によって左右されることを夫婦|裡の顔|金銭問題1.7万字5 427 -
完結第19話
毎日ラーメンをもらいに来た老人の遺言
夫を亡くし、一人で暮らすさくらのもとへ、毎夕ラーメンを一袋だけ求めに来る老人・源蔵。厳しい冬を案じた彼女は、見返りを求めず一箱分のラーメンを贈る。しかし三日後、源蔵は隣の古い家で静かに息を引き取っていた。 室内で見つかったのは、貧しい暮らしには似つかわしくない巨大な金庫。そして現れた息子夫婦は、父の死を悼むことなく、莫大な財産を自分たちのものだと主張する。 やがて一人の弁護士が読み上げた遺言により、源蔵が数十億円の資産を持つ実業家だったことが判明する。全財産を託されたのは、血のつながった息子ではなく、ラーメンを贈ったさくらだった。だが金庫の奥には、遺産以上に恐ろしい、息子夫婦の罪を暴く黒いファイルが残されていた。裡の顔|真相|第二の人生|介護2.8万字5 628 -
完結第13話
長女の命日、夢に現れた娘が告げたこと
長女・真紀の命日、納骨堂へ向かう途中で眠った佳代の夢に、亡き娘が現れる。 「お母さん、私のところに来ないで。妹のところへ行って!」 胸騒ぎに従い次女・奈緒の家へ向かうと、夫と姑が奈緒名義のマンションを売らせようとしていた。1200万円の借金、腫れた手首、怯える孫。佳代は母娘を連れ出すが、夫から届いた一文によって、三年前の真紀の事故と奈緒が隠してきた秘密がつながり始める。 《真紀が死んだのを忘れたのか》 真紀はなぜ、あの雨の夜に車を走らせていたのか。亡き娘の言葉に導かれた母が、生きている娘を支配と罪悪感から取り戻す家族再生の物語。裡切られた|夫婦|親子関係|修羅場1.8万字5 765 -
完結第10話
60万円の命の値段
危篤の父を救うため、夫に60万円を貸してほしいと土下座した美央。だが夫は、父を「無価値な老人」と嘲り、金を拒んだうえ、離婚と義母の無給介護まで言い渡した。 美央は静かに家を出て、3年間封印していた一本の電話をかける。 彼女の正体は、日本最大級の企業連合「天馬グループ」の後継者。そして夫が誇る勤務先は、その巨大組織の末端企業にすぎなかった。 調査を進めると、夫の横領だけでなく、総額3億2000万円に及ぶ不正取引への関与まで判明する。何も知らない夫は、父の葬儀へ美央を連れ戻しに来ると宣言した。 しかしその会場で彼を待つのは、捨てた妻ではなく、数万人の頂点に立った新たな統帥だった。裡切られた|怒り|夫婦|介護|修羅場1.5万字5 336 -
完結第13話
兄夫婦を亡くした日、5歳の双子を家族にした
医師の美緒を育て、医学部まで送り出してくれた兄夫婦が、突然の事故で同時に亡くなった。残されたのは5歳の双子。16年前、自分を引き取ってくれた兄への恩を返すため、美緒は二人を育てると決め、婚約者の蓮へ一方的に別れを告げる。 「子供を育てることが、借金返済なのか」 蓮の言葉にも、美緒の決意は変わらなかった。ところが兄夫婦が残した《もしもの時》というファイルには、美緒を最初の相談相手に指定すると同時に、意外な一文が記されていた。 《美緒に一人で決めさせないこと。必ず桜井蓮にも相談する》 受け取った愛情を返すため、自分の幸せを諦めることは本当に正しいのか。二人の子供と婚約者、そして周囲の手を借りながら、美緒が「犠牲ではない家族」の形を探していく物語。兄弟姉妹|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 522 -
完結第11話
赤提灯から始まる逆転
濡れ衣を着せられ、会社を追われた天才技術者・鈴鹿行。半年かけて開発したセキュリティシステムを上司に奪われ、4500万円の損害賠償まで突きつけられた彼は、すべてを失った雨の夜、居酒屋で無銭飲食を疑われた老人の代金を肩代わりする。 翌日、上司が反社会的勢力と結び、システムを横流ししようとしていた事実が発覚。後輩まで人質に取られ、鈴鹿が追い詰められた瞬間、一本の電話が入る。 「十秒後に車が来る。迷わず乗れ」 現れた黒塗りの高級車に乗っていたのは、昨夜の老人だった。その正体は、鈴鹿の会社を傘下に持つ巨大企業グループの創業者。上司が盗んだシステムを自分の成果として披露する役員会で、二人はすべてを覆す反撃を仕掛ける。職場逆転|裡切られた|怒り|第二の人生1.6万字5 271 -
完結第12話
「もう連絡しないで」と言った娘から48件の着信
夫と親友に裏切られてから22年、恵子は一人娘の美咲を育ててきた。ところが結婚を目前にした娘から、突然「これからは夫の家族だけを大事にする。もう連絡しないで」と告げられる。恵子は追いすがらず、「そう、ありがとう」とだけ答え、結婚式の手配から静かに身を引いた。 翌朝、美咲から届いた48件の着信。式場への連絡が途絶えたことで、娘が密かに親族席へ加えていた二人の名前が明らかになる。それは、22年前に恵子を捨てた元夫と、かつての親友だった。 なぜ娘は、母に黙って二人を招いたのか。親子の間に積み重なった沈黙をたどるうち、元夫が語った「母が父娘を引き裂いた」という、もう一つの過去が浮かび上がる。夫婦|相続|親子関係|金銭問題|修羅場1.8万字5 1149 -
完結第12話
寝室のベッドの下に隠されていたもの
寝室のベッドの汚れが気になり、清掃業者を呼んだ高島怜奈。 ところが、六年間動かしていなかったベッドの裏から見つかったのは、枕元へ向けられた小型カメラとマイク、そして謎の装置だった。 さらに奥には、叔母から相続した一億八千万円の財産資料と、怜奈の日常を細かく記した〈生活能力観察記録〉が隠されていた。 頭痛、物忘れ、薬を飲んだ時間、夜中に起きた回数――。 半年間、自分でも「最近おかしい」と感じていた症状まで、なぜかすべて記録されている。 そして最後に残されていたのは、夫の筆跡による一文だった。 〈本人が自己管理不能と認めた段階で、委任状へ署名させる〉 十二年間信じてきた夫の優しさは、本当に愛情だったのか。 ベッドの下から始まった小さな違和感は、やがて怜奈の財産、仕事、そして「自分の記憶」さえ奪おうとする長年の計画へとつながっていく。夫婦|裡の顔2.2万字5 265