"昭和53年、棟梁が俺を毎晩残した理由" 第16話
今の板もやり直しですか
棟梁の具箱を受け取ったからといって、翌から俺がのとして仕事を請けられるわけではなかった。榊原務はおさんと職たちが相談して残った事を理し、俺は田さんのもとで修業を続けることになった。おさんは「源造さんも、きっとそうしてほしいはずだよ」と言い、俺がむ所の配までしてくれた。俺は具箱を抱え、もう度、しい作業へをげにった。
田さんは最初の、俺に箒を渡した。俺が驚いて顔をげると、先輩は「掃除を卒業したとったか」と笑った。今度は腹がたなかった。の屑には職の仕事の跡が残り、具の置き方には全のための理由があることを、俺はもうっていたからだ。
数、俺は田さんと緒に松浦の建具を調しにった。との湿り気で戸のきがし変わったためで、入れをすればすぐに直るものだった。佳奈ちゃんは背が伸び、祖母は相変わらず居の窓辺を気に入っていた。俺が敷居を確かめると、松浦さんは「このを建ててくれた直君だよ」と娘に紹介した。
俺はわず「俺だけじゃありません」と言い直した。棟梁が図面を引き、田さんや勢の職がを刻み、松浦さんが何度も相談に乗ってくれただった。
広告
だが、娘は俺の顔を見て「の匂い、まだするよ」と笑った。あのの仕事が、誰かの毎として続いているのだとった。
代の終わり、俺は自分の名でさな改修事を請けるようになった。見積もりをすときには、棟梁が教えたとおり、できることとできないことを分けて話した。若い職が寸法を違えたときには、ごなしに叱りそうになってを閉じ、まずどこで違えたかを緒に確かめた。俺には源造のような声はせなかったが、具を握るに見るべきものは伝えられた。
具箱の鉋は、特別な仕事のだけ取りした。使わずに飾っておくのは違うとったし、無理に使って傷めるのも違うとった。刃を研ぎ、台を直し、の癖を確かめてから引く。そのたびに、作業の奥から「やり直せ」という声が聞こえる気がした。
令の、俺は歳になった。で榊原務の戸をくぐってから、が過ぎたことになる。髪はくなり、膝も昔ほど素くかないが、朝、作業へ入るときには今もの屑を先に見る。俺のところには若い職がいて、々「親方は掃除にうるさい」と笑われる。
ある、松浦から縁側の板を見てほしいと連絡が来た。昭に建てたあのは、何度か入れを受けながら、今も真っすぐっていた。
広告
信さん夫婦はを取り、娘の佳奈さんがを継ぎ、その孫が庭をり回っていた。俺が玄関へつと、佳奈さんは「さん、また来てくれたんですね」と迎えてくれた。
居の柱には、昔の鉋の跡がほとんど見えないほど穏やかな艶がていた。祖母が歩きやすいように直した敷居は何度か入れされ、今では子供たちが何も気にせずき来している。俺は縁側へ座り、傷んだ板の状態を調べた。はを取るが、をかければ暮らしにわせて変わっていける。
緒に来た若い職が、板の交換を急ごうとした。俺は「まず、どうしてここが傷んだか見てみろ」と言い、の当たり方との流れを確かめさせた。若者はしばらく考え、軒先のさな具に気づいた。俺はうなずき、板を替えるだけでは同じことが起きると説した。
作業へ戻ると、俺は具箱から古い鉋を取りした。側面の「直」という字は、何度もに触れたせいでし柔らかくなっていた。台を調し、杉板の目を確かめてから引くと、い鉋屑が途切れずに伸びた。、同じような板を枚削っても格しなかった夜が、急にはっきりとよみがえった。
若い職が削り終えた板を持ってきた。俺は指で表面を撫で、か所のさな逆目を示した。「ここをもう度見てみろ」
と言うと、若者は悔しそうに顔をしかめた。俺は笑いかけ、「できているところもある。直すところを見つけられたなら、次はよくなる」と伝えた。源造ならきっと、そんなに優しくは言わなかっただろう。
夕方、になった作業で、俺は鉋を布に包んで箱へ戻した。蓋の裏には、今も枚のが貼ってある。の「半」は何度も剥がれかけ、そのの「この箱をける頃には、」はし黄ばんでいた。俺はその枚を指で押さえ、箱を閉めずにしばらく眺めていた。
窓の向こうではの空がく澄み、松浦の根をてたのをいさせた。俺は削り終えた板へ掌を滑らせ、もう誰もいない作業で、さく声にした。
「棟梁。今の板も、やり直しですか」
返事はなかった。それでも、指先にはのわずかな凹凸が伝わり、直すべきところがまだあると分かった。俺は鉋をもう度取りし、作業台へ板を載せた。窓から差す夕方のので、くい鉋屑が、静かにへ落ちていった。
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
昭和24年、帰還した夫の家に別の夫がいた
戦地から四年ぶりに帰還した清太を待っていたのは、妻・文子と見知らぬ夫、そして二人の幼い娘だった。「ここはもう私たちの家です」と告げられ、清太は自分が死者として扱われていたことを知る。 出征直前、文子の胎内にいた息子・浩はすでに八歳。しかし浩は母のもとではなく、山村の伯母夫婦に育てられていた。妻も家も息子も取り戻したい清太だったが、彼のいない四年間にも、それぞれが生き延びるために築いた暮らしがあった。 実父の清太、母と暮らす政男、自分を育てた伯父。三人の「父」を持つ浩を前に、清太は家族が奪い返すものではないと気づいていく。時代|歴史|昭和1.4万字5 8 -
完結第14話
昭和29年、夫を亡くした私から船が奪われた
夫を海難事故で失った翌朝、志津は3人の子どもを養うため、残された船で海へ出ようとした。だが漁協は鍵を取り上げ、義兄は告げる。 「船を使いたければ、長男をうちへ寄こせ」 女には魚を売らせない。船も網も夫名義。さらに借りた伝馬船まで奪われた志津は、自ら町を歩き、獲れた魚を一軒ずつ売り始める。 やがて見つかった古い領収控えには、船の手付金を払った志津の名前があった。しかし同時に、義兄が残金を貸していた事実も判明する。 船をめぐる権利と借金、そして11歳の息子の人生。何も持たないと見下された志津は、海ではなく「魚を売る場所」から、自分たちの暮らしを取り戻していく。時代|歴史|昭和2.1万字5 193 -
完結第14話
母の葬儀から戻ると、私の寝台はもうなかった
母の葬儀を終え、約束より1日遅れて工場へ戻った18歳の女工・春江。だが門前には私物の入った段ボール箱が置かれ、寮母は冷たく告げた。 「あなたの寝台は、もう別の子に渡しました」 無断欠勤を理由に自己都合退職を迫られ、給料まで大幅に差し引かれた春江。しかし明細には、故郷にいたはずの3日間、彼女が残業した記録が残っていた。 さらに、春江の寝台を与えられた15歳の少女は、彼女と同じ勤務番号で働かされていた。時代|歴史|昭和2.1万字5 164 -
完結第13話
父が開けた祝儀袋
昭和35年、結婚披露宴の最中、恭子は父が祝儀袋を次々と開けている姿を目撃する。豪華な宴も嫁入り道具も、すべて借金で用意されていたのだ。しかも婚家からは、「あなたの結婚のための借金」と返済まで迫られてしまう。 誰が望み、誰が支払うべき金だったのか。恭子が費用を一つずつ調べると、借入額には披露宴だけでは説明できない差額が見つかる。やがて明らかになったのは、父が娘の結婚と祝儀を利用して隠そうとした、もう一つの借金だった。 「家族のため」という言葉の陰で、誰かの人生や金を勝手に使ってよいのか。見栄と古い家族観に抗い、自分たちの暮らしを取り戻そうとする一人の女性の物語。時代|歴史|昭和|親子関係1.9万字5 197