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"賞与0円を告げられたので、会社を辞めてイタリアへ" 第21話

もう呼びされない朝

の朝、フィレンツェの空はよくれていた。私はいつものバールでコーヒーをみ、窓際の席で帳をいた。来は本へく帰る予定がある。織に会い、必な続きを済ませ、母の墓へくつもりだった。本をれたことは、本とのつながりを断つことではない。戻る期も滞する所も、自分で決められるようになっただけだった。

神インテリアからの連絡は、部支援の終ほとんど来なくなった。社から度だけ、続き完の通が届いた。ホテル案件のそのについては、私が聞かなかったので詳しい報告はなかった。々、ニュースで会社の名を見かけても、以のように胸が締めつけられることはない。そこで働いたは消えないが、残りのを会社の結果に結びつける必もなかった。

寺からは、仕事とは関係のない況が通届いた。任の担当者が増え、契約更の判断を部と分担できるようになったという。彼女は「藤崎さんの表を、今はみんなで更しています」といていた。私は「よかったですね。あなたが自分で続けられる形になって嬉しいです」と返信した。仕事のやり方が誰かのに残ることは、私がそこに居続けることとは違う。それが分かって、ようやく素直にべた。

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そのの午、マルコから次の案件の相談が来た。私は見積もりのに必な確認事項を送り、回答期限と作業範囲を記した。彼はすぐに「解」と返してきた。難しい仕事がなくなったわけではないし、見がわない相もいる。けれど、曖昧なまま引き受け、あとから自分ので埋めわせることはしない。仕事の誇りと、自分を犠牲にすることを、私はようやく別々に考えられるようになった。

夕方、引きしを理していると、古い本の携帯がてきた。源を入れると、あの百件の着信履歴はまだ残っていた。私は画面を見ても、以のように指先がたくならなかった。会社が何度呼んだかは、私が戻る理由にならない。私は必な記録を別に保管し、端末の通を切った。百という数字は、もう私の予定表のどこにもかれていなかった。

母がくなる、病院の庭で私に言った言葉をいした。「いつか仕事じゃなくて、自分のためにくへきなさい」。あのは、母の方が先にいなくなると分かっていたから、私は「定になったら」としか答えられなかった。今なら別の返事ができる。私は写真をに取り、「くまで来たよ。でも、また帰るからね」と声にした。写真の母は、いつものようにし困った顔で笑っている。

夜、私はの予定を帳にいた。朝は語学学、午はの確認、夕方は友と事。予定の端には、空のを残した。何に使うかはまだ決めていない。会社にいた頃なら、空は誰かの急ぎの仕事で埋まっていただろう。今はそのも私のものだ。私は帳を閉じ、窓をけた。くで教会の鐘が鳴り、らないの夜が部へ入ってきた。

零円とかれた賞与細は、今も類のにある。あのの会社は、私の活をっているつもりで、私がどこへもけないと決めつけた。けれど、私ののき先を決める権利まで渡した覚えはない。私は机のの携帯をそのままにして、の授業で使う本を鞄に入れた。もう誰かの話を待つ必はなかった。

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