みかん小説
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"夫が毎日3回トイレを磨く理由" 第2話

聖域の掟

廊に満ちた空気の温度が、気に数度がったような錯覚に襲われた。

美代子は私の腕から静かにをすと、すっと体を滑り込ませ、トイレのドアのにち塞がった。

「……すみません、玲央さん。ピアスを落としてしまって、を探していたんです」

玲央の歩みがピタリと止まった。玄関のがり框とトイレの、暗い廊の央。彼の顔にはまだ笑みが張り付いていたが、その目の奥のだけが、すっと消えていた。

「見つかりましたか?」

「ええ、見つかりました。お騒がせしました」

「それならよかった」

玲央がまた歩、いを詰める。美代子は微だにしない。の線が、音もなく空でを散らしていた。

リビングでは、歳の莉乃がピンクのブロックをく掲げて無邪気に笑っている。「パパ、おかえり! 見て、これ!」

その声に、張り詰めた氷がわずかに緩んだ。玲央はふっと肩の力を抜き、リビングへ線を移すと、しゃがみ込んで莉乃の目線にわせた。「おかえり、莉乃。にできたね」

その声音はどこまでも優しく、炉ののように穏やかだった。けれど、ブロックを受け取る彼のの甲——浮きた血管の周囲の関節が、く鬱血するほどく握りしめられているのを、私は見逃さなかった。

結婚して。玲央が声を荒らげて誰かを鳴りつける姿を、私は度も見たことがなかった。

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所でも評判の妻で、私の母が遊びに来るたびに「今の代に、浮気もせず事も率先してやってくれる旦さんなんて宝物よ。謝しなさい」とを酸っぱくして褒めちぎる。実際、玲央は平の朝もに起きて朝を作り、仕事からく帰れば夕飯の支度をした。莉乃が赤ん坊の頃、夜泣きのオムツ替えを交代してくれたのも彼だった。

そして何より——彼は、毎のトイレ掃除を決して欠かさなかった。

朝に回、夕に回、就寝に回。最でも回。には夜にトイレに起きたついでに、や便器の裏側まで専用のシートで丹に磨きげていた。

『俺、昔から胃腸がくてさ。自分が汚した所を自分で綺麗にしておかないと、どうしても落ち着かないんだよ。紗季は触らなくていいからね』

いつも屈託のない笑顔でそう言っていた夫。私は職の調剤薬局の同僚たちに、「うちの、几帳面すぎて便器の垢つ許さないのよ」と、どこか誇らしげに愚痴をこぼしていたことすらあった。

けれど、いま私の背筋に、たい汗がツーッと流れ落ちた。

、当たりすぎて度も疑問にわなかった異常なルール。

——このので、夫以のが絶対に掃除をしてはいけない所。それが、あのトイレだった。

、私が体調を崩した際、民の事代サービスを頼んだことがあった。

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派遣されてきたベテランのお伝いさんが、ゴム袋をしてデッキブラシを持ち、トイレの排溝を磨こうとしたその瞬、キッチンにいた玲央が鬼のような形相でんできたのだ。

『そこは触らなくていいです! 絶対に、触らないでください!』

普段の温さからは像もつかない号に、お伝いさんは怯えて縮みがった。から玲央はひどく申し訳なさそうに、『ごめんね、築数が経ってるから配管が脆くて、無理にすとの階に悪臭が漏れちゃうんだ』と私に謝罪した。

私はそれを信じた。彼の言う通りだと、信じ切っていたのだ。

「紗季?」

リビングの入りから、玲央が私を呼んだ。屈み込んでいた彼がゆっくりとちがり、たいを宿した瞳で私を見つめていた。

「どうしたの? そんな青い顔して……莉乃を抱き抱えたまま、突っって」

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