"金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束" 第20話
の
翌の、子は歳になった。篠原写真館のしい飾り窓には、入学式の子ども、仕事帰りの夫婦、畑仕事を終えたしのの写真が並んでいた。子の髪はもう誰にも隠されていなかったが、町のが皆すぐに受け入れたわけではない。通りで振り返るも、昔の呼び名をにするもまだいた。それでも子は、仕事のある朝にはいつもと同じようにの扉をけた。
のに、子はカメラの扱いをずいぶん覚えた。湊が留守のにはで簡単な記写真を撮り、仕がりを確かめてから客に渡せるようになった。失敗した写真もあり、を違えて撮り直したこともある。そんなは湊に教わりながら原因を探した。昔の子なら失敗をられることを恐れただろうが、今は直せることがあるのをありがたくった。
のあるの、に若い母親がさな娘を連れて来た。娘は髪にきな癖があり、母親は「いつもねてしまって、写真がうまく撮れない」と困っていた。子は櫛を持ってきたが、すぐには髪を直さなかった。「この髪、嫌いなの」と娘に尋ねると、娘はし考え、「るとふわふわするから好き」と答えた。子は母親に目を向け、「それなら、ふわふわしたまま撮ってみませんか」と提案した。
撮が始まると、娘は最初こそ緊張していたが、子が窓際でさなを回すと笑いした。
広告
髪がね、頬が緩み、母親もつられて笑った。子はその瞬を逃さずシャッターを切った。仕がった写真を見た母親は「こんな顔をしていたんですね」と驚き、娘は自分の髪を指さしてんだ。子は写真を包みながら、自分の幼い頃にもこんな枚があればよかったとった。
娘の写真を渡したあと、子は母親が何度も礼を言うのを聞きながら、自分が幼い頃に撮ってもらった写真をいそうとした。煤を塗るの写真は母の菓子箱に枚だけあり、そこには髪をほどいたさな子が写っていた。子は今、その写真を自分の机に飾っている。過の姿を隠さず見られるようになったことも、こので変わったことのつだった。
閉、子は母の墓へく支度をした。命ではなかったが、歳になったことを伝えたかった。湊は緒にくかと尋ね、子がうなずくと、傘を本持ってきた。墓へ向かうには梅のが細くり、の匂いがちっていた。子は墓に青い布のさなを供え、父から届いたのこと、写真館のこと、今の暮らしのことをので話した。
「お母さん、私、もう髪を黒くしていないよ」。子は声にして言った。湊はしれた所で待ち、聞こえないふりをしてくれた。子は墓にを当て、母が自分の名をつけた夜のことをった。
広告
まれたばかりの娘にの名を与えた母は、きっとこんな未来まで像してはいなかっただろう。それでも子は、母が願ったを今ようやく自分ので持てた気がした。
帰り、ががり、の切れから淡いが差した。は昔ののくでを止めた。川辺にはと同じがえ、面は静かに揺れていた。子は鞄からあの黒写真を取りし、湊に見せた。「この写真、ずっと持っています」。湊は黙ってうなずき、子が次に何を言うかを待った。
「昔は、あの子がかわいそうで見られませんでした。でも今は、あの子がここまで歩いてきたんだとえるんです」。子は写真の端を指でなぞった。川辺にしゃがむ女は、まだ誰にも顔を見せていない。けれど、もう写真のにいる子は、自分の顔を隠す必がなかった。彼女は写真を封筒へ戻し、湊に向かって笑った。
「もう枚、撮ってくださいますか」。
湊はいつものように、どんな写真にしたいかを尋ねた。子はし考え、「ここで、髪をほどいてっている私を。それから、あなたも緒に」と答えた。湊は持ってきたカメラを取りし、脚を川岸にてた。子は拭いをし、湿ったので髪をほどいた。面から返るが、の髪をやわらかく照らした。
湊はシャッターの準備を終えると、子の隣へ歩いてきた。
は肩を寄せすぎず、しだけを空けてった。その距が、今のにはよかった。子はカメラの方を見て、母が昔よく言っていた言葉をいした。おさまのみたい。今なら、その言葉を疑わずに受け取れる。
「何枚でも撮りますよ」。湊がそう言うと、子は笑った。写真のに残るのは、特別な髪のだけではない。隠していたも、仕事を覚えた々も、で選んだ暮らしも、すべてをきてきたの女性の姿だった。子はまっすぐに顔をげ、川の向こうのるい空を見た。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 58 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 47 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 78 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 227