みかん小説
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"昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由" 第1話

祝いの朝の斧

「親方、やめてください。今は棟げですよ」

若い弟子が腕に取りすがった、棟梁の岩崎源吉はもう斧を振りげていた。昭、の朝である。州部の宿町には昨夜のの匂いが残り、柴田呉の裏に組みがった階の骨組みを、湿ったが抜けていた。の幕はまだ畳まれたまま、祝いの餅を載せた箱だけがに運び込まれている。源吉の斧が、通し柱のした角へ鈍い音をててい込んだ。

「何をする、岩崎!」

施主の柴田忠蔵が叫び、梯子を運んでいた職たちもきを止めた。源吉は刃を引き抜き、同じ所にもう度、さく斜めに当てた。乾いたならるく裂けるはずの繊維が、黒く湿った筋を引いて崩れた。表面には桧らしい艶が残っているのに、内側は指で押すとのようにほぐれ、をづけると蔵の隅に似た匂いがした。

「皆、階からりろ。仮の支えはすな。今すぐだ」

源吉が言い切ると、番弟子の健太郎は声を張り、梁のにいたを呼びろした。棟を据えるで、筋交いのない箇所にはまだ仮筋交いが組まれていた。源吉はまず柱の周囲に支えを増やすよう指示し、それからぬぐいで斧の柄を拭いた。歳の顔は、っているのか泣きそうなのか分からないほどかった。

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「今の祝いを台なしにする気か」

忠蔵は調した羽織の裾を持ちげてづいた。先、の裏に男夫婦のまいを建てると決め、からを借りている。嫁はに子を産む予定で、事が遅れれば古い母で世代が肩を寄せうことになる。町で代続く呉の主にとって、棟式は客や取引先へ運を示すでもあった。

「俺が壊した分は俺が責任を持つ。ただし、ここに棟をげたら、もっときな責任になる」

源吉は柱の傷を指で示した。健太郎が槌の柄で別の面を軽く叩くと、澄んだ音に混じってく濁るところがある。源吉はその所へ墨で印をつけた。昔ならに慣れた音ひとつで材の良し悪しが分かるとっていたが、今はその自信が元から崩れた。だからこそを止めず、弟子にも音の違いを聞かせた。現にいる者全員が同じ異常を見ていることが必だった。形だけえた節目に隠れ、芯の傷みはからほとんど見えなかった。で濡れたからじた傷ではない。がっていたころからの傷みか、い保管のにんだものだと源吉にはえた。

「材は乾けば丈夫だと言ったんだろう」

健太郎が囁くと、源吉は首を振った。、現でさな変を見つけ、材商の原田から「表面の染みだ、削れば消える」

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と説された。源吉は納期を気にして、それ以く削ることをためらった。昨、仮組みした柱の根元で、昔の仕事では聞いたことのない鈍い音がした。夜けまで考え、祝いの客が来るに自分で確かめると決めたのだった。

「だったら昨やれたでしょう!」

忠蔵の言葉はまっすぐだった。源吉は答えられずにをげた。式のために帰郷した親戚がに集まり、餅を蒸す湯気だけが裏庭からちる。妻と娘までれ着を着せて待たせたの主を、自分は々ので辱めたのである。だがをげたまま、源吉は元の屑を拾ってに包んだ。

そこへ事をまとめる請負業者、津久田繁がからりてきた。現の傷を見るや顔をしかめ、「試験のつもりで柱を傷つけた職の責任だ」と言った。源吉は初めて津久田の顔をまっすぐ見た。昨夜まで「に根を掛ければ事代を渡す」と言っていた男である。

「俺の責任は逃げん。だが、このを納めた伝票を持ってきてくれ」

津久田は答えず、材に押されたさな印をで隠すように撫でた。その仕を、源吉の娘・文だけが見ていた。父の作業着を届けに来た彼女は、黒い印が「」ではなく、本だけ線をして「」に見えることを議にった。

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