"昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由" 第2話
棟梁の値段
棟げは止になった。祝いに招かれた客には訳を説し、餅だけ持ち帰ってもらった。忠蔵の妻ふさは泣きながら箱を片づけ、男の嫁は気まずそうに庭へることもできなかった。町内の噂は昼過ぎには広まり、「岩崎の親方が祝いのにを叩き壊した」と、斧で削ったか所がいつのにか骨組み全体の話になっていた。
源吉は職を帰さず、傷のある柱を仮支えで受けたまま、周りの部材の刻みとを確かめた。しい柱にきな荷がかかるだったのが救いで、必なら交換はできる。しかし据え直しには隣接する梁を度す必があり、ももかかる。柱の本を取り替えれば済む保証もなく、源吉は帳面へ寸法と位置をき留めた。
夕方、津久田が事務所へ呼びつけた。座敷には材商の原田辰雄も来ていた。商売慣れした原田は分い帳面をに置き、「の芯にしがつくことは珍しくない」と話し始めた。源吉が包みから屑を取りすと、原田は目をそらした。指先で砕けたの繊維が畳へ落ち、それを見た津久田は嫌そうに煙を消した。
「悪い箇所があるなら交換しましょう。それで打ちにしてはどうです」
原田の申しは見まともだった。源吉も本来なら交換で分だといたかった。
広告
ただ、同じに納めた本の部材にも似た変が見えていた。表面だけで分からないものを、何を根拠に全だと決めるのか。を見ての源吉には、目利きへの自信と、今回それを見落としかけた恥が同じさでのしかかっていた。
「納めた材の所を教えてくれ。同じからたなら、そののものをいったん調べたい」
原田は帳面を閉じた。「商売の都で仕入れをつにできん。本ずつ追いかけていたら町じゅうの事が止まる」と言う。津久田は苛ち、「柴田さんへの詫びは俺がする。おは柱を取り替えてから仕事に戻れ」と言った。源吉は首を振り、検査を済ませるまで梁に荷をかけないと答えた。
「職が請負の段取りを決めるようになったのか」
津久田は机に封筒を置いた。今末に払うはずだった事代の部だが、額の欄に赤線が引かれている。「これ以遅らせれば支払いは保留だ。柴田さんの損もおに請求する」と言い、契約の期の箇所を指した。源吉には弟子がおり、には病な妻つねと、古いを維持する費用がある。職に当を払えなければ、腕があってもから棟梁ではいられない。
夜、へ戻ると、つねは炊きたての麦飯をよそっていた。夕飯の卓には刀魚の干物が枚だけで、源吉と文に先に渡そうとする。
広告
文は母へ皿を押し戻し、今見た印のことを話した。「あの柱、の印をからなぞってあった。父さん、あれは普通のことなの」と問うた。
源吉は箸を止めた。材には仕入れや取り扱いのための印がつくことがあり、現でなった印を見ることもある。しかし文がに描いた印は、源吉のる材置の符号と違って見えた。文は商業をて印刷所で帳簿を伝っており、数字や跡の変化に敏だった。父が仕事の話をへ持ち込むのを嫌うため、彼女はそれ以言わなかった。
翌朝、健太郎が通のらせを持ってきた。津久田から職たちへ、事が再するまでの支払いを保証しないとの連絡が入っていた。若い弟子の正吉は田舎へ送を続けている。源吉は自分の預から分の当を渡したが、それが何続くかは分からない。帰り際、健太郎がい声で言った。
「親方、原田の置で、同じ印のをも見ました。あれ、松岡さんのへ入れた材じゃなかったでしょうか」
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 67 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 83 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 75 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 227