"昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由" 第7話
をりた弟
清次とはからまともに話していなかった。源吉よりつの弟で、若い頃は同じので鉋を研ぎ、兄の仕事に付き添っていた。だが戦の宅で材の値ががると、清次は職を辞めての製材所へ移った。い材を量にしたい清次と、本ずつを見たい源吉は次第に折りわなくなり、父の葬儀で交わしたい挨拶が最の会話だった。
源吉はへ向かうバスに乗り、終点からほど歩いた。閉じた製材所の建物には根の部がなく、滑も錆びていた。清次はくの畑を耕して暮らしており、兄の姿を見ると鍬をてた。「がうまく建たんと聞いた。俺のせいに来たのか」と先に言った。源吉は答えず、燃え残った伝票を見せた。
清次はしばらくを眺めたあと、倉へ案内した。隅に古い札が束ねてある。製材所が閉じたのは、設備の故障と運営資のがなったからだった。最の、分に乾かせず保管状態も悪い材がじ、清次はそれらへ「構造用にはさない」というで本線の印をつけていた。薪や仮設の用途に回すつもりだったという。
「原田がまとめて買いたいと言ったんだ。売るに、の柱には使うなと伝えた」
源吉は声を荒らげた。「それならなぜ面にしなかった。
広告
相の言葉だけで済ませたのか」。清次も鳴り返す。「俺は代を受け取るためにを売った。おだって忙しいからと判を押したんだろう」。その通りだった。とも自分の目のの都を優先し、が最に誰のへ入るかまで見届けていない。
清次は製材所の廃業の台帳をした。傷みの見られた材にはい横線がつき、寸法と本数がかれている。計は源吉が考えていたよりかったが、すべてが宅へ流れたわけではない。清次は「俺の帳面は古い。今のと同じか、本ずつ確かめなければならん」と言い、束を兄へ渡した。源吉が礼を言うと、清次はく黙ったあと、「俺が町へけば、余計に騒がれるだろうな」とつぶやいた。
「騒がれるさ。でも、おがつけた印のを証言できるのはおだ」
兄弟は夕方まで話した。清次は製材所を閉めてから町の職仲に会わず、本線の印が本線にき替えられたことなどらなかった。もし使えない材が建物に入っていれば、自分の売り方にも責任があると考え始める。源吉は清次のを見た。かつて鉋を握っていた指には、農作業でできたい割れ目があった。いがみっていた弟が、自分と同じように歳を取っていることに気づいた。
帰る、清次は倉のからい角材を取りした。
原田へ売ったのと同じから残した見本だという。のには黒いさな筋があり、見た目には乾いたと区別しづらい。清次は「全部がこうなるわけじゃない。ただ、この筋のいものはの柱に使ってはいけん」と言った。源吉は角材と帳面を預かり、慎に呂敷へ包んだ。
町へ戻ると、忠蔵のでは作業がんでいた。問題の柱はしい材へ替えられ、根に棟が載っている。しかしその夜、津久田から町の仲へ通達がた。岩崎源吉は仕事を妨げ、材商の信用を傷つけたため、今共同の請負仕事には使わないというものだった。翌朝、源吉のへ来るはずの件の見積り客が、どちらも断りの伝言を寄こした。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 58 -
完結第20話
桑の音が消えた村
昭和三十五年、信州の養蚕村で、蚕が一夜にして全滅する。唯一無事だったのは、昔ながらの方法にこだわり、村人から笑われていた七十八歳のトヨの蚕室だった。 疑いを向けられた祖母だったが、原因は共同散布された新しい薬剤にあった。しかも農事組合を率いる息子・慎造は、事前に危険性を知らされていた。時代|歴史|昭和2.5万字5 78 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 66 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 227