みかん小説
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"昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由" 第8話

枚の戸

源吉は仕事を失いながら、軒のを回り始めた。すべてで同じことを言うのはやめ、建築期と使用材の記録を示し、点検に応じてもらえるか軒ずつ尋ねた。戸を閉められたもある。よそから来た棟梁に調べてもらうというもいた。鳴るも、黙って畳へ座り込むもいた。源吉はどれも責められなかった。

軒目は、仕物をして暮らす未の田代はるのだった。はるはくなった夫の退職をもとに、さなのを築した。作業机のに布が積まれ、娘の制を仕てている。源吉がの点検を申しると、はるはしばらく考え、「のを全部ひっくり返すことになりますか」と聞いた。「必なところだけ調べ、作業のには必ず説します」と約束して、健太郎と緒にへ入った。

台所の横は正常だったが、裏庭側の台くに傷んだ材が本使われていた。根元にが回り、側のが柔らかくなっている。原因が最初からの欠陥か、そのの湿気かは分からない。源吉はその違いをはるへ説し、周囲のはけを直すことと、傷んだ材を交換する必を伝えた。はるはを建てたの領収を見せ、「材は等といてある」とさく言った。

源吉はそのの夕方まで応急の支えを入れた。板を戻すに、はるへ傷んだの切りを見てもらった。

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はるは黙って指先で触り、「見えないところへ、こんなものが入っていたのね」と言った。源吉は何度もうなずき、交換する材の寸法をいたもそので渡した。修繕代については業者側の説を待つが、急ぐ部分の材料代は自分が負担するつもりだと伝えた。はるは首を横に振り、「そんなを持っているのですか」と聞いた。源吉は答えに窮した。はるは仕物の針を置き、しったように言った。「うちは貧しいけれど、ただにしてもらいたいんじゃありません。なぜこうなったのか、きちんとりたいんです」。

その言葉は源吉の胸に残った。訪ねたの々が欲しいのは、源吉の自己犠牲でも、原田への仕返しでもない。自分のがどの程度全なのか、誰が何をして直すのか、納得できる説だった。以、文は点検したへ必ず枚の記録を渡し、傷んでいる所を図面に赤で、まだ確認できないところを鉛で記した。源吉はくのが苦だったが、文に読みげられながらしずつ言葉を選んだ。

軒目ので、源吉は初めて断固として断られた。主の田栄作は、戦から戻ってを悪くし、ようやく建てたで妻と幼い息子を養っていた。田は入に座ったまま、「あんたのせいでの値打ちががる」と言った。源吉が図面を示しても受け取らず、「調べて悪いところを見つけたら、俺はどこにめばいい」

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と問うた。

「今いるが本当に丈夫かるためです」と源吉が言うと、田はった。「丈夫だと信じてんでるに、疑えと言いに来たのはあんただ。直せるがないなら、初めかららせるな」。源吉は何も言い返せず、無理にはち入らず帰った。しかし翌朝、はるが田のへき、自分の修繕を見たことだけ話してくれた。源吉を弁護するのではなく、「怖いなら、怖いまま緒に見てもらおう」と言ったという。

、田は源吉を呼んだ。の角で戸がきにくくなっていたが、建てたから続く癖だとっていたらしい。健太郎が点検すると、台の沈みとの傷みがなっている能性があった。川島にも見てもらい、建物の使い方に当面の注が必だと伝えた。田は唇を噛み、「子どもが夜、ここで寝ているんだ」と言った。

その夜、文が帳面を閉じると、軒のうち軒で補修が必な傷みが確認されていた。残りは現点で問題が見つからない、詳しい調査が必な、まだち入りを認められないに分かれた。文は数字を見つめ、「軒で済んでよかったとは、まだ言えないね」と言った。源吉は頷いた。調べる最のは、町れのさな診療所だった。

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