みかん小説
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"昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由" 第13話

消えなかった数字

源吉は津久田の条件に返事をしなかった。代わりに、軒の点検記録を冊にまとめ、施主たちへそれぞれ自分のの分を渡した。の状態を見た職の名もき、異なる見があればそのまま記した。文は印刷所の余りを分けてもらい、がりない夜には帳簿の裏まで使った。源吉が「へすなら俺だけの名でいい」と言うと、文は首を振った。

「父さんだけが見たことにしたら、と同じでしょう。で見た所はの名をかないと」

源吉は苦笑した。以なら弟子が師匠の判断を疑うのは気だとったかもしれない。だが材の傷みを見落としかけた今は、別の目があったからこそ止められたことをっている。健太郎も自分が現で覚えていることを話し、豊は荷で運んだ材の特徴をき加えた。の記憶は完全には致しなかったが、その違いまで隠さず残した。

原田の倉の事については、の始末だった能性もあり、誰かが帳簿を焼こうとしたとは決められなかった。源吉は豊に、推測だけでを責めないよう頼んだ。それでも燃えた棚にの仕入れ帳があったことは確かで、原田の事務員から別の写しが見つかった。何も帳に勤める女性が、代の計算用に自分の控えをつけていたのだ。

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その女性、坂井みつは歳で、原田の父の代から働いていた。源吉が尋ねると、みつは最初、の内部のことは話せないと断った。ところがの点検覧を見せると、しばらく考えて「うちのは、昔は傷んだを薪に回すのが当たりだった」とにした。今の原田が急に悪になったとはわない。ただ、忙しい期には値段のい材ばかり求められ、扱いを変える誘惑もあったという。

みつの控えには、清次の製材所から買った分の材が「雑材」として記されていた。それが数か、同じ本数のい寸法で「柱材」「梁材」として売られている。完全に同じ本だと証するにはりないが、収入と支の数字が自然にい。みつは指で欄を示し、「原田さんにこの差を聞いた、荷分けしたからだと言われたんです」と話した。

源吉はそののうちに原田へ会いにった。みつの名はさず、仕入れの分類が変わった理由を尋ねる。原田は「まだ使えるを仕分けてく売るのは商売だ」と答えた。それ自体は否定できない。傷があっても別の所で使える材はあるし、材の値段は本ずつ違う。問題は、どの用途に使えるかを誰が確かめたのかだった。

「俺へ納めるには、柱に使えるだと言ったな」

「言ったとも。おはそれを見て判を押した」

源吉は黙った。原田は勝ち誇ったように笑い、「傷んでいたがあったとして、全部俺だけの責任にするのは無理だ」と続けた。源吉は答えた。「だから俺の責任を抜くな。抜いたら話が嘘になる」。原田の笑いは消えた。自分だけを責める男だとっていた相が、予と違うことを言ったからだった。

帰り際、みつがまで見送った。誰にも聞かれないところでさく言う。「この数字、昔の番なら見逃しませんでした。私は分かっていながら何も言えなかった」。源吉は責めず、「今、を見せてくれて助かりました」とをげた。その夜、文は父から聞いた数字を丁寧に写し、覧の最初にき加えた。《材の状態について、なお確認をする》。

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