"昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由" 第15話
町会の朝
の初め、町会の集会所で宅の材について話しいがかれた。軒の施主すべてが集まったわけではない。席を断る者も、第者へ点検を頼みたいという者もいた。源吉はそれでよいとった。自分を信用しないがいるのは当然で、信じさせるために集まってもらうつもりはなかった。全を確かめる方法と、費用をどう分けるかを話すにしたかった。
川島は難しい言葉を避け、建物のどの部分に何が分かっているか説した。傷みのあった材が軒で確認され、ほかのでは現点で同種の傷みが見つからなかったこと、それでも点検できていない箇所があることを伝える。源吉はそのあと、自分がの受領に分確かめず判を押したと話した。隣で健太郎は父親を見る子どものような顔をしたが、止めなかった。
田栄作がちがった。「つまり、あんたも材も自分の都で仕事をしたんだな」と言う。源吉は「そうだ」と答えた。「悪いとらずにやったのか、りながらやったのかは違います。でも俺は、確かめるべきものを確かめなかった」。田はしばらく目を伏せ、「それなら直すは、ひとつのへ全部押しつけないでくれ」と言った。
原田は欠席していたが、代わりに代理が来ていた。材置は傷みのある材の代替品を提供する。
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ただし件費は個別に協議するという内容だった。津久田も別の面をし、請負として事を調する用を示したが、源吉が名誉を傷つけたという主張は取りげない。民は類の細かい字を読み、すぐに判を押さないことにした。
話しいが終わりかけた、清次がちがった。兄の反対を押し切ってから来たのである。「元の材の所は俺の製材所です」と名乗り、傷んだには建築の主な部分に使わない印をつけたことを説した。々の線が集まると、清次は言葉に詰まった。兄が代わりに説しようとしたが、清次はを挙げて制した。
「俺が売る、買った先で何に使うかまで決められんとってました。でもになっていると聞いて、黙っておるのは違うといました」
誰かが「そんなを売るな」と叫んだ。清次は頷いた。「あのは処分するもなかった。使いを限ったつもりでも、売った先へ任せきりにしたのは俺です」。兄弟は並んでをげた。集まった々は、その姿を見てすぐ許したわけではない。ただ、問題の始まりから終わりまで、しずつ姿が見え始めた。
その、材料の代替、補修の優先順位、負担額の話しいを続けるさな会が決まった。源吉の判断だけにせず、川島ら別の職も関わることになった。
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役に宅の相談を持ち込むもあり、必に応じて部の助言を受けるも残された。昔なら親方と施主が酒を酌み交わして済ませたことを、今度はへき、件ずつ確かめるのである。
帰り、忠蔵が源吉の隣を歩いた。ともく無言だったが、ので忠蔵がをいた。「正直に言えば、いまだに腹はっとる。祝いのに壊された柱を見るたび、どうしてもっとく分からんかったとう」。源吉は「すみません」と言った。忠蔵はそれだけ聞いて頷き、「それでも、あの止めてくれてよかったともってる」と続けた。
源吉はを止めた。忠蔵はし照れたように笑った。「両方なんだよ。っとるのと、助かったのと」。源吉はその複雑さを初めて、そのまま受け取ることができた。謝っても許されない部分があり、止めたからこそ守れた部分もある。どちらか片方だけを選んで話してきた自分の未熟さが、夕方ののではっきり見えた。
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