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"昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由" 第16話

値段のつかない

事の責任を話しうができても、源吉の仕事がすぐ戻るわけではなかった。町会でをげた話は広まり、「正直な棟梁だ」と言うもいれば、「自分で見落としたと認めたのだから、しばらく頼めない」と言うもいた。仕事の依頼はひとに件あるかどうかで、その件もさな戸の修理だった。く建ててきたが、源吉自の仕事をざけているようにじられた。

補修には、図面にないがかかった。の具をかし、板を丁寧にし、古い釘を抜き、再び戻す。まいを傷めずに直すには、しく建てる以に気を使うこともある。川島はよく「はできたで終わりじゃない」とにしたが、源吉は今までそのをく考えたことがなかった。棟梁として誇っていたのは、棟から引き渡しまでの仕事だったのである。

健太郎には子どもがまれた。女の子で、名を千鶴とつけた。源吉が祝いにくと、健太郎の妻は赤ん坊を抱いて笑った。「うちも、いつか親方に建ててもらえるが欲しいね」と言う。健太郎は慌てて「まだがない」と答えたが、源吉は冗談と受け取れなかった。自分の作るでが子どもを育てる。その当たりを守れなければ、どんな名でもがないとった。

ある、田が修理代の見積りに異議を唱えた。

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材料費は原田側が部負担するとしても、をすためのの当と仮まいの費用までは話が決まっていない。田はが自由で、くの親戚宅へ移るのも難しい。「俺はを建てた、今はがかからんとっていた」と訴えた。源吉は当の部を自分が引き受けようとしたが、健太郎が止めた。

「親方だけが払っていたら、こっちの仕事も続きません」

健太郎の言葉に源吉は腹をてかけた。しかし自分が無理に費用をすほど、弟子の当や族の暮らしにしわ寄せがく。源吉はようやく、謝罪と支払いを同じものにしてはいけないと悟った。仕事に関わった業者が、役割と責任に応じて負担するよう話をめなければ、修繕もく続かない。町会の会には、原田と津久田だけでなく、事の引き継ぎに関わった職も呼ぶことになった。

原田は最初、補修の当にまでをすならが潰れると言った。津久田は「俺だって受け取れていない事代がある」と主張する。源吉は初めて、相の支払い帳を緒に見ようと提案した。を言葉だけで争うのではなく、実際に何が何働き、どの材を何本取り替えたか記録した。嘘をつけない数字ほど気まずいものはないが、数字がなければ議論は何度でも振りしへ戻る。

数、川島が面いことを言った。「これまで町のは、お互いの仕事へをさないのが礼儀だった。だがを直すには、別の目がる」。源吉はすぐには答えなかった。親方がで品質を保証するという誇りを捨てるのは、く染みついた着物を脱ぐようで落ち着かない。しかし柴田で川島の目がなければ、本目の梁に気づくのがもっと遅れたかもしれない。

その夜、源吉は仕事帳のしい頁に、建築の点検を受けるをき込んだ。弟子だけでなく、別の職にの状態を見てもらうつもりである。文がその欄を見て「父さん、変わったね」と言うと、源吉は眉をひそめた。「歳を取って目が悪くなったんだ」。文は笑い、「そうじゃなくて、目がつ増えたんだよ」と答えた。

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