みかん小説
本棚

"昼寝ばかりの嫁が、潰れかけの餅屋を救うまで" 第14話

を残すために捨てたもの

が落ち着いた頃、文子は度だけ、美穂にされた種類の札を全部机へ並べた。古い札は文字が滲み、角が丸くなっている。「これ、全部なくしたままでいいのかね」と聞いた。美穂は札をつずつ見た。

「売り物として毎作る必はないといます。でも、族のとして残すのはいいといます」

そこで文子はに度だけ「昔のの」を作った。予約は取らず、族がべたいものを量だけ作る。売り切れたら終わり。利益のためではなく、族と古い客がいを共するだった。真弓は最初「そんなの商売にならない」と言いかけて、自分で言葉を止めた。「……商売にしなくていいもあるか」

美穂は笑った。「赤字になる量を作らなければ」

文子は昔、夫が好きだった餡餅を個だけ作った。売り物にはせず、閉の机に並べる。健が「これ、子どもの頃よくべた」と言い、真弓もつ取った。美穂は初めてべるだった。甘さは控えめで、皮はしい。商品としては今のよもぎ豆餅ほど特徴がないかもしれない。それでも文子のからてくると、族は黙ってべ続けた。

昔ののを始めると、なことも分かった。毎売るには利益がい商品でも、季節や数量を限定すると、材料を余らせずに作れる。

広告

常連客は「懐かしい」とび、若い客は普段と違うものを楽しんだ。美穂は「残すか消すかの択じゃなくて、残し方を変えればいいんです」と言った。

美穂は、を再建するにいつも捨てなければならないものがあるとっていた。以の仕事では、それが商品であり、員であり、には誰かの職だった。その記憶が苦しくて、会社を辞めた。餅でも、種類を種類へ減らした、同じ痛みが胸の奥に戻ってきた。

だが今回は違った。した種類は、そのものを消されたわけではない。売り方を変えれば、いとして残せる。文子のも、数字のために否定する必はなかった。

閉、美穂はで札を拭いていた。文子が隣へ座り、「昔の会社でも、こうやって減らしたのかい」と聞いた。美穂はを止めた。「はい。でも、あのは残せないものもかったです」

文子はしばらく黙り、「だから、仕事を辞めたのか」と言った。美穂は頷いた。

文子は古い札を枚取り、布で拭いた。「じゃあ、ここではを減らすんじゃなくて、無理を減らそう。は、残せるだけ残す」。美穂は答えず、もう枚の札を文子へ渡した。

昔ののには、文子が子どもの頃からる客も訪れた。「これ、昔よく買った」と札を指して笑うを見るたび、文子は商品を減らしたに失ったとっていたものが、別の形で戻ってくるのをじた。

毎並べなくても、記憶は消えない。むしろ限られたに量だけ作ることで、そのを丁寧に残せるようになった。美穂も、その景を見ると以の会社でじた『切るしかない』という考えがしずつ変わっていった。

文子は札を箱へ戻すに、裏側へさく付をいた。それは「やめた」ではなく、「残し方を変えた」だった。

はそれからしばらく、言葉を交わさずに古い札を拭いた。の再建は、古いものを全部捨てることではない。守りたいものを選ぶために、いらない負担を減らすことなのだと、は同じ作業をしながら理解していった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: