みかん小説
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"正月に八人で来る嫁へ、家は売りました" 第2話

冊の正帳と、遺された温もり

私は川頼子(おおかわ・よりこ)、歳。 の、連れ添った夫のを急性筋梗塞でくした。享歳。朝の散歩から戻り、玄関で靴を脱いだ直に倒れ、救急搬送されてからわずかのことだった。あまりにもあっけない別れだった。

私たちが暮らしていたのは、駅からバスで分ほど揺られた郊の宅にある、造階建ての軒だった。 、息子の直(なおと)が歳のに、夫とでの宅ローンを組んでに入れただった。 庭の隅には夫が「息子がきくなったら緒に実をもごう」と植えた本の柿のがあり、毎になると、に熟したたい実が板塀のまで垂れがったものだ。 私は歳まで駅のクリーニングで受付のパートとして働き、それ以は専業主婦として夫のの回りの世話をしてきた。 の運転免許は持っていない。坂のいあの町での買い物も、くの総病院への通院も、すべて夫が運転する衆の助席が私の定位置だった。

そんな真面目な夫には、つだけ変わりな習慣があった。 を買った翌の元から、紺の分い布張りの学ノートに、毎の正の記録を几帳面にき残していたのだ。

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表には、夫の几帳面な楷で『正帳』と墨きされていた。 に見きページ。 付、訪ねてきたの名、振るった献、スーパーや魚の買いしにかかった額のレシート、誰にいくらお玉を渡したか。 そして、のページには『頂いたもの』の欄と、最に夫が言だけき添えるの欄があった。

『頂いたもの』の欄には、厳しいルールがあった。 正のがに訪ねてきた客が、直接産として持参したものだけを記すのだ。 例えば、お隣の岡田清子(きよこ)さんが晦の夕方に届けてくれる作りの黒豆や昆布巻きは、正の客ではないからかない。 「お父さん、本当に几帳面ねえ」と笑う私に、夫は鏡の奥の目を細めていつも同じことを言った。

『頼子、正っていうのはな、子供たちがこのに帰ってくる切ななんだ。迎える側が楽しなきゃいけないし、何をしたらばれたか、ちゃんと覚えておかないと次のおもてなしができないだろう?』

の夜。客が全員帰り、静まり返った茶ので、夫は老鏡をのにずらしながら万をらせた。 『直がお雑煮を杯おかわりした』 『孫のリクが歩けるようになった』 スーパーのレシートの端がし折れて貼られたそのノートは、、度も途切れることなくき継がれた。

夫がいた頃の正は、確かに目の回るような忙しさだったが、はいつも満ちりていた。 晦の夜には夫が玄関に注連縄を飾り、「頼子、今もありがとうな。来もよろしく頼むよ」と、茶ので々とをげる。 それが、がのの変わらぬ決まり事だった。

しかし、その温かな決まり事は、夫が逝ったのを境に、音をてて歪み始めていったのだ。

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