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"大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起" 第2話

鍵のかかった装箪笥

その音が何をするのか、志乃はすぐにった。幕がりるより先に劇の若い番が楽の戸を閉め、装箱を置いた部に鍵をかけたのである。装は座の財産だった。母親の着物をほどいて作った女物もあれば、つの町を巡ってようやく買いした陣羽織もある。台をしない役者にとって装は着る物でしかないが、台につ者には次の町へむための種銭だった。

「何の権利で閉めるんだ」。具方のが番をつかまえた。番は帳面から目をげずに言った。「保管です。の話が決まるまでかさないよう、主に言われています」。が殴りかけると、宗がへ入った。宗の声には晩でほどの疲れが乗っていた。「をすな。装だけで済まなくなる」

座は港の裏通りにある菊旅館へ戻った。女将のお鶴は戸で待っていた。を越えてから宿を継ぎ、旅芸にい部を貸してきた女だったが、今回は困り果てた様子だった。「座さん、うちも掛けで米は買えません。今夜の分は泊めます。でもの夕方までに話をつけてください」。志乃はお鶴のを見る。指の節が赤く荒れ、飯椀を洗い続けた跡が残っていた。相にも暮らしがあると分かるから、をげるしかなかった。

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部へ戻ると、板役者の片岡伊之助が畳に腰をろしていた。歳。形のよい筋と声の張りを買われ、どの町でも彼の名を記した番付だけは先に売れる。「は客に何と言うんです」と彼が言った。宗は答えた。「黒川を捜す。それしかない」。興をまとめた黒川徳治は、朝から姿を見せていなかった。売り券の売げと演料を受け取り、劇の使用料や宿代を払う役目は黒川にあった。

「捜して戻る男なら苦労はしない」と伊之助は吐き捨てた。「から先、稽古だけして腹が膨れますか」。おがその言い方をたしなめたが、伊之助の言うことも違っていなかった。最の惣太は母へ送るをか分ためている。には故郷で寝たきりの妻がいた。旅の途でが途絶えることは、単に芝居ができないという話ではなかった。

志乃は廊へて、桶のでち止まった。菊の裏から、劇の階が見えた。窓にかりがともり、弥らしいが奥へく。志乃は黒川が集めた売りの切符をいした。分をまとめ買いした客もく、初に幕がかなかったことは、次のの入料の問題まで残している。

翌朝、志乃はお鶴に尋ねた。「黒川さんが最に宿へ来たのは、いつですか」。お鶴は帳の引きしから枚のをした。

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の昼に黒川が置いたき付けだった。そこには旅館代の支払いを待ってほしいという文字と、りきの所があった。「私も昨気づいたんです。あの、いつもなら印鑑を押すのに、このは指で墨をこすったような跡しかない」。志乃は所を見て顔をげた。そこにかれていたのは宿でも駅でもなく、福栄座の裏にある相良の倉庫だった。

夕餉にはい汁と麦飯がた。いつもなら文句を言う惣太まで、今夜は黙って椀を空にした。女将のお鶴がもう杯よそおうとすると、宗は丁寧に断った。そこへおが自分の椀をへ押しした。「べなけりゃ芝居もできないよ。借りるものは借りて、で返そう」。宗はしぶしぶ箸を取った。志乃には、この杯を善だけで済ませてはいけないとえた。旅芸が通り過ぎたにも、旅館は翌朝から客を迎え、米を買い、炭を使って湯を沸かす。自分たちが町へ残していく勘定のことを、誰かが確かめなければならなかった。

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