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"大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起" 第10話

帰ってきた男のから

黒川が菊へ戻ったのは、のい晩だった。のついた履を脱ぎ、宗のへ座ると、彼は黙って古い帳をした。各を巡った旅費、劇への払い、番付の印刷代、役者への替が細かくかれている。そのページのいくつかはでにじんでいた。志乃は黒川の顔を見る。初に逃げた男を、もう信用できないとっていた。それでも彼が持ってきたものを確かめる必はあった。

「相良からを取り戻してきたのか」と宗が聞くと、黒川は首を振った。「まだだ。先に俺の昔の借を理するしかない」。彼はの借用を広げた。借りた額は確かに残っている。だが相良が今回の収入から引こうとしているは、それよりずっときかった。過の公演で払った分が勘定に反映されず、古い替までしく請求されていたのである。

志乃は尋ねた。「払ったという証拠はありますか」。黒川はくしゃくしゃのをした。相良の番が受け取ったことを記したさな領収だった。き方は簡単で、支払いの名目も曖昧だが、付と額は読める。慎吾が枚ずつ並べると、相良の計算に複があることが見えてきた。黒川は苦々しく笑った。「こういう枚が、芸ひとりの飯よりいこともある」

宗はりを抑えて言った。

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「だったら、最初から俺に見せればよかった」。黒川は答えなかった。い沈黙の、ようやくをいた。「俺も見せるのが怖かったんだ。これをせば、借を承で座を連れてきたと分かる」。宗が「もう分かっている」と言うと、黒川はをげた。「あんたらをわせる仕事を取るつもりで、逆にわせられなくした」

そので解はできなかった。座の者たちは黒川を責めた。おは「を台へたせる約束だけして、逃げるなんて」と言い、惣太は「母へ送るがなくなった」と泣いた。黒川は黙って聞いていた。志乃はその姿を見て、悪事を働く者が必ずしも堂々とした悪の顔をしているわけではないのだとった。自分の失敗を認められず、黙っているうちにを傷つけることもある。

慎吾は帳面をまとめ、、相良ので勘定をわせることを提案した。「向こうが応じなければ、町の商会のにもち会ってもらいましょう。客から預かったのことですから」。黒川は帳を志乃へ預けた。夜更け、志乃がページをめくっていると、伊之助の名の横にらない額がかれているのを見つけた。ほかの役者とは別に、数か分の替があり、すでに相良から支払われたような印が押してある。志乃は翌朝、宗へそのページを見せた。

「伊之助さんは、私たちがこの町へ来るから相良さんと会っていたのかもしれません」

黒川がる、惣太が廊まで追いかけた。「お袋へ何とをけばいいんですか」と聞いたのである。黒川は返事に困り、しばらくして「本当のことをけ」と言った。惣太は唇を噛んだ。「それじゃ母ちゃんが配する」。黒川はをげた。「配をかけたのは俺だ」。志乃はの会話を聞き、真実を言えばすべて良くなるわけではないとじた。それでも嘘をねれば、次に困る者が増えてしまう。惣太はその晩、母宛てのをき直した。『が遅れています。でも、今は自分たちで芝居を作っています』と。

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