"大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起" 第11話
相良の帳
翌、志乃たちは商会の世話役を伴って福栄座を訪れた。相良は番と並んで帳に座り、向かいの子をつだけ空けた。宗は自分が座らず、志乃へ子を譲った。相良が「座の話ではないのですか」と尋ねると、宗は答えた。「芝居のことは俺が話します。勘定は志乃が確かめます」。志乃は膝のでを握りしめ、黒川から預かった帳をいた。
相良の帳面には劇の修繕費、照代、宣伝代がびっしりかれていた。の黒川の借については、当初の額だけでなく保管した具の費用まで加えられている。志乃はずつ指さし、領収を並べて尋ねた。「ここで受け取ったは、なぜ差し引かれていないのですか」。相良は「何かの違いでしょう」と答えたが、彼が説した別の費用についても証拠は曖昧だった。商会の世話役が「客のが交じっていますな」と言うと、相良は初めて声を荒らげた。
「この劇だって、座っていればが落ちてくるわけじゃない」。相良は古い柱の傷を指した。「はが吹き込み、がれば根を直す。興師が約束を破った穴を、何度俺が埋めたとう」。彼の言葉には実があった。実際、福栄座は老朽化し、は映画を見せるに客を取られていた。相良は劇を守るため、黒川から古い借を回収しようとしていた。
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ただ、それを今の客と役者ので埋めることは別の話だった。
志乃は相良の話を聞き終えてから言った。「を守るのは切でしょう。でも私たちにも、客からをいただいて、芝居を見せる約束があります。それを借の帳面に入れないでください」。相良は笑した。「ずいぶんの達者な女優さんだ。では全部の客に返して、芝居をやり直すまでせるのか」。志乃はすぐに答えられなかった。相良の言葉には座のいところが含まれていた。
商会の世話役はかけて両方の帳面を見比べ、差し当たり払い戻すべき売り券の分と、黒川個の借を分けて理することを提案した。相良は満そうだったが、記録を預けることを認めた。装のうち所がらかな品は、そののうちに座へ返された。志乃はい箱を抱き、台装の匂いを確かめた。油とが染みた古い布の匂いだった。
しかし劇の賃料については決着しなかった。相良は座が初に止したため分の予定を空けた損害があると主張し、宗はそもそも興料が払われなかったと反論した。世話役は「契約と実際の支払いを調べない限り、方だけの言い分では決められません」と言った。劇からる、志乃は相良が番に呟くのを聞いた。
「次の興に、あの座は絶対に入れるな」。装は取り戻せても、町ので座の居所はまだ危うかった。
帰り際、商会の世話役は志乃を呼び止めた。「相良を追い詰めるだけでは、客のは戻らんよ」。志乃はうなずいた。世話役は続けた。「劇が閉まれば、あそこで働く者も困る。だからのき先をらかにして、返せるから返す。あんたも相良を憎む気持ちだけで話をめちゃいかん」。そのは相良に方しているのではなかった。芝居を見に来る、働く、を貸した、その誰にも帰るがある。志乃は何度も聞いた言葉をい返した。台のでは悪役を倒せば幕が閉じるが、帳の窓は翌朝もかなければならない。
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