"大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起" 第15話
倉の戸に打たれた釘
自主公演の度目をに控えた朝、志乃たちは坂巻の乾物倉の戸が閉ざされているのを見つけた。しい板が横に渡され、太い釘が打ち込まれていた。が慌てて坂巻を呼びにくと、網元は渋い顔で現れた。「悪いが、もう貸せん。町内で揉めてる連を相にして、俺まで商売を止められたら困る」。誰に言われたのか聞いても、坂巻は答えなかった。
志乃は戸を叩かなかった。坂巻の乾物倉を借りられたのは、彼のだった。相良が直接圧力をかけた証拠もない。だが福栄座の主を敵に回した者には、町の商いで都が起きるかもしれない。そんな空気は確かにあった。志乃は「の公演でお借りしたお礼を、まだ分にできていません」とをげ、具を取りに入らせてもらうことだけを頼んだ。
具を運びす、惣太は太鼓を抱えたままち尽くした。「せっかく客が来るようになったのに」。志乃も同じ気持ちだった。しかしまでに会が見つからなければ、印刷した番付も無駄になる。慎吾は印刷代を追加しないと約束してくれたが、彼にできることにも限りがあった。宗は次の港町へ移る案をした。「度引けば、また始められる」。志乃は彼の言葉を否定できなかった。
その晩、お鶴が旅館の裏庭へ案内した。
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物置の向こうにさな空があり、には所の子どもが遊ぶ所になっている。「ここなら貸せるよ」とお鶴は言った。ただし隣のから文句がないに、を使わず、がったら止することが条件だった。は面を踏み、「ここなら板を組める。ただ客の数は減らさなきゃな」と答えた。志乃は周囲の々の位置を確かめ、まず所に断りを入れることにした。
夜のうちに全員で台を組み直した。しい装を買うはなく、きぬが残してくれた針と糸で綻びを繕う。慎吾は番付の裏に『会変更』と刷ったさな片を貼り、町を歩いて張り直した。は用の幕を張る方法を考え、惣太は余計な音をさないよう鳴物を減らした。障害がつ増えるたび、芝居は初めて作ったと違う形になっていった。
翌、空の入へしい板を掛けようとすると、相良の番が現れた。「主からです」。差ししたのは枚の警告状だった。福栄座でう予定だった演目名をそのまま使用し、元の番付と紛らわしい宣伝をすれば、客の混乱を招くという内容だった。志乃は瞬迷った。芝居の題を変えることは、客がっている唯の掛かりを捨てることでもある。宗が「無すればいい」と言ったが、志乃は首を横に振った。「紛らわしくならないようにしましょう。
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その代わり、私たちが作った芝居だとはっきりきます」
その夜、志乃はしい題を考えた。『浜の灯』という名には、伊之助が演じる男を待ち続ける昔の芝居のが残っていた。今の物語は、女たちが夜を越して朝の仕事を始める話になっている。志乃はを取り、番付のへ別の題をいた。『の浜』。その文字を見て宗は黙り、やがてうなずいた。「ようやく、おの芝居になったな」。けれど翌朝には、もっと難しい試練が待っていた。
しい題を決めるに、志乃は慎吾の印刷所へ古い番付を届けた。慎吾は活字棚から『浜の灯』の文字を取りし、机のへ並べた。「題を変えれば、の芝居とは別物と分かってもらえる。ただし、あんたがいたものまで相良のものになるわけじゃない」。志乃はしした。だが慎吾は続けた。「今度は、役者と貸主と印刷の取り決めをに残そう。文句がてから考えたんじゃ遅い」。志乃は笑ってうなずいた。芝居の題だけ変えても、仕事のやり方まで変えなければ、また同じところへ戻ってしまう。
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