"大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起" 第16話
のの客席
『の浜』の初は、朝から空がかった。お鶴は裏庭の空を見げ、「が来そうだね」と言った。志乃は客席に敷くむしろを枚ずつ運びながら、気のことは考えまいとした。空に向かってっても、が退くわけではない。は台の柱を本増やし、板が滑らないよう砂をまいた。惣太は太鼓を軒へ置き、見物の線からしておいた。
演、客はしずつ集まった。の倉で見た顔もいれば、初めて来たらしい漁師の妻もいる。子どもたちは狭いをり回り、おが「台へがっちゃ駄目だよ」と叱った。客席の番ろには相良の番がっていた。番が何を確かめに来たのかは分からない。志乃は線を向けず、装の袖を直した。
第幕が始まってもなく、粒のが落ちてきた。最初は軒の端に当たる程度だったが、みるみる客の肩を濡らしていく。観客がちがり、子どもを抱いた母親が軒へった。宗は止を告げようと台の袖へたが、志乃はすでに台を止めていた。った客がいた。「まただけ取ってやめるのか」。その言葉で、志乃の背筋が伸びた。ここで幕を閉じれば、福栄座のと同じ記憶だけが残ってしまう。
志乃は客席へ向かって礼した。「のでお座りいただくことはできません。
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今の切符は次の公演でも使えるようにします。おを返してほしい方には、入でお返しします」。それだけ言うと、見物のがをげた。「続きは見られんのか」。志乃は迷った。危ないに客を残すことはできない。「今はここまでです。続きをお見せする所を、私たちが探します」と答えた。
が激しくなると、慎吾とがを誘導した。お鶴は旅館のをけ、濡れた客に湯をした。全員が帰った、志乃は帳面へ払い戻したをき込んだ。にんだようにったのに、残るはまたなくなった。宗は「俺の判断が甘かった」と言ったが、志乃は首を振った。「が悪いんじゃありません。のにどうするか決めていなかった私たちの責任です」
志乃はでくなった装を物干しへ掛け、ぬぐいで髪のを拭った。おは「芝居はお様には勝てないね」と言いながら、誰より丁寧に袖のを落としていた。志乃が「次もったらどうしましょう」と聞くと、おはを止めずに答えた。「次は根のある所でやるんだよ。今失敗したことを、次の言い訳にしちゃいけない」。志乃は返事をせず、濡れた板を枚ずつ拭き直した。
夜になってから、お鶴が枚のを持ってきた。裏庭で芝居を見ていた客が、帰り際に置いていったものだった。
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そこには港の古い集会所の名と、管理をしている者の所がかれていた。にはい文がある。『台は狭いが根はある。話をしてみるといい』。志乃はを宗へ見せた。宗は疲れた顔で笑った。「町を歩けば、いろんな客がいるんだな」。志乃は答えた。「客じゃないも、みんなこの町で仕事をしているんです」
払い戻しを求める客をに、惣太は初めて自分で帳面をいた。どの券を売ったか慎吾の控えと照らし、渡したを数えてから印をつける。普段は台の端で太鼓を鳴らしているが、緊張した顔で仕事をする姿を見て、志乃は声をかけなかった。惣太は客から「がかかるね」と言われ、「違えたくないんです」と答えた。客はそれ以急がせず、帳面が閉じるのを待った。さなやり取りだったが、志乃にはので得た唯の応えのようにえた。
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