"大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起" 第20話
つ所を選ぶ
興の始末がようやく見えた頃、志乃にいがけない誘いが来た。沢の劇で女優を求めており、伊之助の紹介で志乃の芝居を見た者がいたという。演料は座で受け取るよりずっと良く、旅館代も劇側が負担する。契約の期もはっきりしていた。志乃が迷うのは当然だった。歳の彼女にとって、自分の名だけで仕事を選べる会は初めてにかった。
宗は話を聞くと、あっさり言った。「けばいい」。志乃は腹がった。「そんなに簡単に言わないでください」。宗は静かに答えた。「くなと言えば、おのを俺の座へ縛ることになる。黒川や相良がしたのと何が違う」。その言葉に志乃は返す言葉をなくした。ここまで緒に苦労してきた仲を置いていくことが怖い。その方で、自分の腕を試してみたいという気持ちも、確かにあった。
志乃はまず契約を取り寄せた。そこには演の期、役柄、支払いのが記されていたが、稽古にするについてはかれていなかった。志乃は自分から尋ね、相の劇は最初驚いたらしい。女優が条件を確かめることに慣れていなかったのだろう。けれど、志乃はもう分からないまま判を押すつもりはなかった。沢へくにしても、ここへ残るにしても、選んだ理由を自分で言えるようにしたかった。
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おは志乃の迷いを聞き、昔の話をした。若い頃、都の芝居へ呼ばれたことがあった。しかし内が反対し、「女ひとりで暮らせるものか」と言われて諦めた。その、巡業へるようになってからも、折あのの台をいすという。「かなかったことを悔してるんじゃない。自分で決めなかったことを悔してる」。おはそう言って、志乃へ鏡を差しした。「あんたは自分の顔を見て決めな」
志乃は週考え、沢へくことにした。ただし座を捨てるのではない。次の巡業の準備は宗がめ、自分は契約が終わった、再び座と流するかどうかを相談する。志乃はそう申した。宗はうなずき、惣太はし泣いた。は「名になっても、俺の台の板がきしむと言うなよ」と冗談を言った。志乃は笑ったが、胸のには旅つ寂しさと、初めて自分で切符を買うびが入り交じっていた。
発までを残した夜、慎吾が印刷所からしい番付を持ってきた。『の浜』最の町内公演をらせるものだった。志乃は裏面に自分でい言葉をき入れた。『芝居はのでう仕事です。約束は、幕のでも続きます』。慎吾は読み、「説教くさいな」と笑った。志乃も笑い、き直した。『皆様に見ていただけるよう、最まで稽古をいたします』。
それなら今の自分の気持ちにかった。
沢から来た契約には、台で使う装を誰が用するかについてもさな記載があった。志乃は最初読みばしそうになり、菊で装箱を取り戻すまでの苦労をいして指を止めた。自分の単を直して持っていくなら、傷んだの修繕はどうするのか。劇が用した装なら、返すの状態は誰が確かめるのか。相の担当者へ聞くと、し面倒そうにされた。それでも答えが届くまで判を押さなかった。志乃は劇に認めてもらうために条件を聞くのではない。自分が仕事を続けるために確かめるのだと、何度もので言った。
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