"大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起" 第21話
最の客が帰るまで
最の町内公演は、集会所を借りてわれた。切符はいうちに売り切れたが、志乃は満員になったことより、入で切符を確かめる惣太の元を見てした。慎吾の帳面には、誰が何枚売ったのかが記され、宗とおが確かめている。客席には福栄座で座を見た者たちが何もいた。あの鳴ったも、払い戻しを受けたもいる。それぞれの顔を見て、志乃は自分たちの芝居がようやく同じ町で続いていることをじた。
台の『の浜』は、初演とは違う芝居になっていた。台はくなり、漁網を繕う作や、朝の魚を選ぶ面には丁寧なが与えられた。女たちは男を責めるためにっているのではなく、自分の働きをるためにっている。おの演じる老母が「帰る者も帰らぬ者も、腹は減るものだよ」と言うと、客席からわず笑いが起きた。笑ったすぐに、その言葉が暮らしの厳しさを含んでいることが伝わる。志乃はこの台を作って良かったとった。
ところが終幕の直、客席の奥から男の声ががった。「を返してもらってない者が、まだおるぞ」。静まり返った内で、志乃は男を見た。黒川が直接売った切符について、まだ返が終わっていない客だった。宗は袖からようとしたが、志乃はさくを振った。
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芝居の最に勘定の話をすることは、度目の幕を壊すかもしれない。それでも無すれば初の繰り返しになる。
志乃は歩へた。「お客様、お申しは終演に必ず伺います。ご購入の切符があれば、番代わりをしている者が記録を確かめます」。男はまだ何か言おうとしたが、隣の老が肩へを置いた。「待ってやれ。あとしだ」。志乃はをげ、元の位置へ戻った。台を最まで見てもらうことと、幕のの約束を守ること。その両方を投げさないために、彼女は今できることを選んだ。
芝居が終わると、志乃は客を送りすに男の話を聞いた。男が持ってきた切符の控えは、黒川が町へ着いた初に売ったものだった。慎吾の帳面に記録はあり、黒川の返済計画にも含まれている。志乃は事を説し、払うを記した控えを渡した。「遅くなって申し訳ありません」。男はまだ満そうだったが、を懐へしまい「次は遅れるな」と言って帰った。
最の客が帰ったのは、灯を片づけ始めた頃だった。志乃は台の端に座り、音のなくなった客席を眺めた。宗が隣へ腰をろした。「初のことを覚えているか」。志乃はうなずいた。でをげ、誰も顔をげられなかった夜。今夜も未払いは残ったし、からの仕事も全部決まったわけではない。
けれど、自分たちは逃げずに客を見送り、次の約束をへいた。「幕がりてからの方が、い仕事ですね」と志乃が言うと、宗は声をして笑った。
演、志乃は裏方の名を記したしい番付をにした。装の補修にはおときぬの名を、台具にはを、鳴物には惣太を載せてある。きぬ本はもう町をれたが、彼女が直した袖を志乃は今夜も着る。宗は番付を見て「ずいぶん賑やかになった」と笑った。志乃は「台にがるだけで芝居はできませんから」と答えた。その言葉を聞いたは、台のへ潜り込むようにして最の板を確かめた。誰にも見えない所で誰かが仕事をしている。その当たりを忘れないための、さな活字だった。
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