"昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由" 第10話
俵のき先
井が寺をれて目、藤岡が再び訪ねてきた。今回は古川を連れていなかった。玄としの、たかの父、それに臨教師を集め、搬入記録の写しを机へ並べた。正雄たちが本堂の廊を掃いていると、藤岡がへ呼び入れた。「この記録を作った子に確認したいことがあります」。
藤岡は子どもの字でかれた事の帳面をき、「根の数までいてあるのはどうして」と尋ねた。節子は恥ずかしそうに、「本当になくなったか、自分たちで確かめたかったからです」と答えた。藤岡は頷き、資料の隣に付を並べた。寺への糧が減った、戸倉作業所への荷物が増えた、そして古川が町へ提した帳面の付。確かになっている。
しかし藤岡は、ここでつ違う事実を伝えた。「戸倉作業所へ俵を回す話は、町の決定として届けられていました。それ自体を今すぐ盗みと決めつけることはできません」。正雄は唇を噛んだ。「でも、子どもの飯が減ったのは本当です」。藤岡は「そこを確認しています」と答え、作業所から取り寄せた受領を見せた。
作業所の受領には、寺から回された俵のうち、実際に炊事へ届いたのは俵と半分ほどと記されていた。残りについては「保管」となっている。さらに町が提した全体の類では、作業所へ渡った俵は全部使われたことになっていた。
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正雄はわず声をげた。「じゃあ、残りはどこにあるんですか」。藤岡は答えず、玄の方を見た。
作業所の集荷には、別のがあった。そこには伐りした材や具だけでなく、町が共同で用いる糧も置かれているという。その鍵を管理していたのは、役の糧係だけではなかった。の運送を引き受ける業者の主任・柳瀬にも鍵があり、柳瀬は古川との付きいだった。とも、寺の配達を変えると決めたである。
「古川さんが全部取ったんですか」。勇吉が聞くと、藤岡は厳しい顔で首を振った。「分からないことを、分かったと言ってはいけない。べ物の数を確かめるのはそのためだ」。正雄は先から何度も教わった算術の言葉をいした。答えを先に決めて計算してはいけない。その当たりのことが、今は切にえた。
午、正雄は戸倉で会った女にもう度話を聞こうとした。今度は勝にかけず、玄に頼み、たかの父と緒にかせてもらった。ではの枝にがつき、息がかった。作業所の女はという名で、腹を空かせた子どもにべさせるために働いていた。寺から来る米を当てにしていたが、自分たちの飯もなくなっていることを、と同じ言葉で話した。
「荷物が全部来たことになってるにも、うちはい粥だったの」
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。は言った。彼女は炊事の底板の裏へ隠していたさな帳面をした。毎何が働き、何を何炊いたかを記していたのである。字はたどたどしかったが、付は正確だった。正雄は、寺の節子の帳面とそっくりだとった。腹を空かせたが、自分のべたものを記しただけの帳面だった。
は「に見せたら仕事を失うかもしれない」と言った。それでも持ってきた理由を尋ねると、「寺の子が悪いって言われるのが嫌だったから」と答えた。正雄はもう、どちらが米を取ったのかという考え方をやめようとった。寺にも、作業所にも、必な分が届いていない。そのことを同じ数字で示せるなら、争わずに済むかもしれない。
夕方、玄と戻った正雄は藤岡への帳面の写しを渡した。藤岡はつの帳面を並べ、静かに呟いた。「寺へ届いた俵。作業所へ届いた俵半。帳面のでは俵。残りの半俵は……」。正雄は数字の続きを見つめていた。俵すべてが同じに消えたわけではない。しずつ、違う所で、違う理由をつけて減らされていた。
そして藤岡が最に見せた送り状には、驚くべきがあった。「残余米、町の特別炊し先へ移管」。その移管先は空欄だった。正雄はそのい部分を見て、妙子が聞いた男たちの争いのが分かった気がした。
寺から戻された俵にはき先があった。しかし、その先へ着いたことを証する名だけが、どこにもかれていなかった。
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