みかん小説
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"昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由" 第14話

の名簿を戻す

妙子が町の病院へ移っているにも、の名を配分から除いた類の問題は続いていた。藤岡の調べで、移転予定の名簿は正式な学の記録とは別に作られたものだと分かった。寺の教員がらないまま提された部分があり、古川は「で承を得た」と繰り返した。だが、承したというには井は児童の授業をしており、役へ向いていないことが席簿から確認できた。

その席簿にも井の印が押されていた。正雄は、同じ印でも使い方でが変わることに驚いた。子どもが学にいた証としての印と、子どもがここからいなくなることを認める印。がつ押せば、のでは簡単にが消えてしまう。しかし実際のは毎朝起きて、腹を空かせ、勉し、夜には同じ部で眠っていた。

古川は印の扱いをめぐって問いただされ、井が置いていた印箱をに預かったことを認めた。ただし、誰の名をき、どこまで事務処理がんだかについては、関係者の話がい違った。正雄はったが、藤岡は何度も言った。「続きの責任はに取らせる。君たちは自分の見たことを、そのまま話せばいい」。

子どもたちは本堂で順番に話を聞かれた。正雄は夕飯を拒んだ夜のこと、俵と俵の差、妙子が聞いた言い争いを話した。

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節子は事の記録を示し、勇吉は納の柱を見にったことを認めた。たかもそので、自分が疎児童として数に入ることのあった卓について証言した。顔を赤らめながら、「私はおなかがすいていても、根だけべていました」と答えた。

聞き取りが終わると、しのはたかの肩を抱いた。「あんたにそんなことをさせたのは、私が悪かった」。たかは首を振った。「しのさんもべていませんでした」。正雄は、自分たちが「」と数えられていた、目の腹が見えなくなっていたのだとようやく理解した。名簿にないは、べていなくても数字のでは困らないことになってしまう。

藤岡は、今の帳面には児童、教員、世話係、臨に伝うのを分けて記すよう提案した。米が増えるわけではないが、誰の分がどれだけりないかをらかにできる。玄はそのの夕から、卓の端にきな板を置き、そのの数を自分のでいた。正雄は板を見ながら、数字は隠すためにも、守るためにも使えるのだとった。

の旬、の名を除いた扱いは正式に撤回された。藤岡からの通を受け取った井は、寺の全員のでずつ名を読みげた。郁夫は自分の名が呼ばれるときな声で「はい」と返事をした。ほかの子も同じように答え、妙子のところでは正雄が「病院にいます」

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と告げた。

そのにいた古川は、まだ調査の途だった。彼はを分散させる構があったと説し、正式な続きを急ぎすぎたことを認めた。しかし糧を減らしたこと自体については、の必を繰り返しにした。井は反論せず、子どものでをげた。「私が俵受領と押した印も、正しくなかった。あの、声をげるべきでした」。

正雄は先を見つめた。謝っても、腹の空いたは消えない。だが、先が自分のしたことをで認める姿を見るのは、どこか救われるいもした。ずっとは正しい答えをっていると信じていた。今は、も答えを違えることがあり、違えたあと何をするかを見ていなければならないとじていた。

その晩の飯は依然としてなかった。郁夫は椀をのぞき、「名が戻っても、ご飯は増えないんだね」と言った。正雄は苦笑し、「そうだな」と答えた。節子が「でも、りないって言っていいようになったでしょう」と続けた、しのが台所から顔をした。「そうよ。りない分は、ちゃんと考えましょう」。その声に、子どもたちは初めてさく笑った。

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