みかん小説
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"昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由" 第18話

京から来たらせ

昭の、京の空襲が激しくなったというらせが寺へ届き始めた。子どもたちは夜になると窓のを見つめ、の向こうに京があるかのように黙り込んだ。母からの便りが途絶えた児童もいて、井は毎のように学や関係先へ消息を尋ねた。正雄のからも、の終わりを最にが届かなくなっていた。

かなら、正雄は糧の帳面のことばかり考えていた。今は、それさえくのが怖いがある。京のが焼けていたらどうしよう。妹と母が避難できていなかったらどうしよう。自分がここで温かい飯をべることが、急に申し訳なくなるもあった。節子はそんな正雄に気づき、「が来ないのは、郵便が遅れているからかもしれない」と声をかけた。

のある朝、玄が正雄を寺の奥へ呼んだ。机のにはい便箋が置かれていた。父の字だった。「は部傷んだが、族は無事。しばらく親戚のところで暮らす。正雄は先の言うことを聞き、元気でいること」。正雄は途まで読んで、文字が見えなくなった。泣き顔を見せたくなくて畳を見つめたが、涙は止まらなかった。

そのの夕飯、正雄は久しぶりに飯をおかわりしたいとった。しのはきな鍋をのぞいて、「ほんのしなら」と言って椀へしてくれた。

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正雄は礼を言い、最の米粒までべた。母たちが無事だと分かった途端に腹が減るのが議だった。配しているも体は腹を空かせていたのに、自分だけがそれを許せずにいたのかもしれない。

しかし全員にできるらせが届いたわけではない。節子のからはまだ便りがなく、勇吉の父が働いていたのある町もきな被害を受けたと聞いた。井は子どもたちをずつ呼び、届いたらせとまだ分からないことを分けて話した。以のように「丈夫だ」と決めつけることはしなかった。分からないことは分からないと言って、調べる約束をした。

妙子はになって寺へ戻ってきた。すっかり元気とは言えなかったが、歩けるようになり、本堂の縁側で向ぼっこをしていた。子どもたちは斉に駆け寄ろうとしたが、しのに「ずつ」と止められた。妙子は苦笑し、「またで度に押しかけるつもり?」と聞いた。正雄はを掻きながら、皆がどれほど配していたかを話した。

妙子は寺へ戻ったの夕飯に、自分の椀をきちんと持って本堂へ座った。たかも台所の仕事を終え、しのと緒に末席へ来た。玄が数を数えると、疎児童、伝いのたか、しの、井、ほかにそのの炊事を伝った者がいる。

誰も慌てて椀を隠さなかった。正雄はあの晩、数だけそろった膳を見て腹をてた自分をいした。

事の、妙子が声をかけた。「今はみんな、ちゃんとべるのよ」。郁夫が笑って「妙ちゃんもね」と返す。正雄は箸を取り、麦飯をへ運んだ。は決してよくなかった。それでも、ここにいるを数え直すことができた。それは何より切な変化だった。

になっても戦争は終わらず、寺の事は相変わらず乏しかった。正雄は父の便りを何度も読み返し、妹の成を像した。京へ戻れば、きっとは以のままではないだろう。だが自分も、ここへ来たと同じではない。分からないことを怖がりながら、確かめることを覚えたからだ。

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