"昭和53年、満員の始発を止めた運転手――その後、坂道で起きた悲劇" 第11話
赤鉛で引いた
午、営業所の机には、種類の図が並んでいた。まで使っていたもの、からの変更図、そして苗が話で聞き取った注箇所をき込んだ製の図である。赤鉛の丸が最もかったのは、にも交通量のない宅だった。通りでは警察官の案内やしい標識が目に入るが、坂の途やさな曲がり角では、古い習慣だけを頼りにするがまだかった。
清徳は同僚の運転と、庫にまった型バスへ乗り込んだ。営業運ではなく、構内で乗の位置と見通しを確かめるためだった。運転席から見ると、側に扉がついたはいのほか景が違う。が乗りりする側を識するだけで、ミラーを見る順番まで変わる。く運転してきたほど、い込みが危険になると清徳はじた。
若い運転のが「最初からしいに乗った方が気楽でした」と言った。清徳は笑った。「俺たちには覚え直す苦労がある。おたちには、からのの癖をらない難しさがある」。しい仕組みが古い経験を全部無駄にするわけではない。同に、古い経験がすべて通用するわけでもない。どちらか方だけを正しいと言い切るのは簡単だが、には両方のが同にてくる。
広告
苗は丘線の沿線にある商へ話をかけ、仮の案内を掲示できるか頼んでいた。簡単には承されない。先へが集まれば商売の邪魔になるし、交通理の責任を負いたくないもある。しかしハルの雑貨はすぐに引き受けた。「うちの寄り客が迷うよりましさ。字はきくしておくれ」。苗は彼女の声を聞いて笑った。朝から初めて声にして笑った気がした。
方、は管理側との連絡が取れた所だけを運図に残し、危険を確認した箇所ではしないよう決めた。回りや待ちが発するため、事務所の話には厳しい苦もあった。は本ずつ聞き、「きょうは全が確認された所でのみ乗していただきます」と繰り返した。清徳は横で聞きながら、今朝と同じ声で主任が違うことを言っているのを議にった。
「簡単に方針を変えたとうか」とが尋ねた。「そうはわん」と清徳は答えた。は窓のを見た。「浩君のお父さんから話があった。何でしいに古いバスをしたのか、と。俺は答えられなかった」。清徳は黙った。答えは『欠便が怖かったから』だろう。だがその答えを親へ告げた、どれほどっぺらく聞こえるかを、は初めてったのかもしれない。
午半、会社が配した全確認済みの型バスが、ようやく営業所へ入ってきた。
清徳はの周囲を周し、方向指示器、扉、内のすりを確かめた。それから苗に頼み、これから乗せる予定の客をずつ呼んでもらった。慌てる必はない。乗客にき先を確認するも、荷物を載せるも、すべて今の運に必なだった。
最初に乗ったのは、朝から待っていた髪の男だった。男は窓ののしい標識を見て言った。「でが変わってしまうとはな」。清徳は運転席で頷いた。「のほうが先に変わりました。は、いま追いつこうとしているところです」。発をらせる声はいつもより静かだったが、確かなものだった。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
産後七日目の決別
帝王切開からわずか七日。傷の痛みと貧血に苦しむ真帆に、夫の直人は「産んだ人が自分で育てればいい」と冷たく言い放った。生まれたばかりの娘を守るため、真帆は実家へ避難する。ところが直人と義母は、彼女を「産後うつで勝手に家出した妻」に仕立て上げ、親族に嘘を広め始めた。追い詰められた真帆は弁護士に相談し、あの日の暴言が記された助産師の記録を手に入れる。そして、夫の勤務先から届いた一通の回答書が、直人の主張を根底から覆そうとしていた――。夫婦|裡の顔|修羅場|不倫1.9万字5 5 -
完結第12話
大家だった姑の逆転
夫を亡くしてから、息子を育てながら八世帯のアパートを守ってきた私。四十歳の息子が迎えた若い嫁は、「お母さんを支えたい」と同居を望んだ。ところが結婚後、私は台所にも立てず、夕食は寝室で一人。ついには「年金暮らしの無職は邪魔。出て行って」と言い放たれる。嫁が信じていたのは、息子がアパートの大家だという嘘だった。本当の所有者が私だと知っても、息子夫婦は名義を譲るよう要求してくる。私は静かに承諾した。しかし、二人が欲しがったアパートには、まだ知らない重大な問題が隠されていた。親不孝|裡の顔|絶縁|親子関係|退職金|金銭問題1.6万字5 5 -
完結第18話
4億円の私の家を義弟に譲る義母――夫の一言で凍りついた古希祝い
義父母が住む場所を失った十五年前、黒田彩は自分名義の家を無償で貸した。ところが義母・文子の古希祝いで、突然「あの家は次男の公平に譲る」と宣言される。親族が賛同する中、普段は母親に逆らえない夫が立ち上がり、衝撃の事実を告げた。しかし義母は、彩が昔書いた一通の手紙を持ち出して反論。因果応報|兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|相続|裡の顔|金銭問題2.0万字5 220 -
完結第20話
昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由
昭和十九年、信州の寺に集団疎開した子どもたちが、ある晩、いっせいに箸を置いた。「一人だけ、まだ食べていません」。病に伏せる少女・妙子の食事を案じた十二歳の正雄は、食卓に並ぶ膳の数に奇妙な違和感を覚える。やがて納屋の柱に刻まれた米俵の数、届かない食糧、教師の印が押された受領書が浮かび上がる。さらに役場の名簿には、寺で暮らす八人の子どもが翌月から消されることになっていた。誰が、何のために食糧と子どもたちの名前を動かしているのか。時代|歴史|昭和|真実|真相2.8万字5 69 -
完結第22話
空の米びつと一合の嘘
昭和二十三年、大阪の小さな米屋で、女将のフミが配給米を一合ずつ少なく渡しているという噂が広まった。怒った住民たちが店へ押しかけ、米を隠しているはずの台所を調べると、そこにあったのは空っぽの米びつと薄い麦粥だけだった。なぜ客の米を減らしながら、自分の子どもにさえ白いご飯を食べさせられないのか。母の沈黙を不審に思った長男・勇一は、配給帳と運送記録を調べ始める。やがて浮かび上がったのは、途中で姿を消す米袋、受け取っていないのに押された印、そして二年前に亡くなった父の署名だった。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 41 -
完結第10話
亡霊の専属運転手
かつて海外の特殊部隊で「ファントム」と恐れられた神代美央は、戦場を離れ、平穏な人生を求めて大企業の会長専属運転手に応募した。しかし最終面接で待っていたのは、「女に会長を守れるわけがない」と嘲笑する副社長と、十一人の屈強な男たち。美央だけが、彼らのスーツの下に隠された拳銃に気づいていた。やがて現れた鷹司会長は、美央の履歴書を見た途端、激しく震え始める。職場逆転|真実|真相|第二の人生1.5万字5 161