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"昭和53年、満員の始発を止めた運転手――その後、坂道で起きた悲劇" 第21話

子どもの歩幅

初め、浩のギプスがれた。首はまだ慎にかす必があり、以のようにれるわけではなかったが、しずつ歩く練習が始まった。勝からそのらせを聞いた清徳は、乗客のことを考えるに『歩ける』という言葉を簡単に使わなくなった。が分でけるでも、の痛む子どもには分以かかる。杖をつく老なら、もっとかかるかもしれない。

浩はまだくっているとが痛むため、のでも途で腰をろして休んでいたという。清徳はその様子を勝から聞き、バスをりたら目へ着いたも同然だと考えていた自分を恥じた。留所からまでのにも活があり、階段があり、暑いのがある。運転席からそこまで見通すことはできなくても、見ようとすることはできるはずだった。

清徳は平と緒に、丘のしい乗所まで歩いてみた。今度は急がず、途でち止まりながら、浩が歩く速さをい浮かべた。歩には分な幅があっても、曲がり角で自転が急に現れる所がある。標識を見げるにはち位置を変えなければならない。以は気づかなかった便が、ゆっくり歩くと次々に見えてきた。

平はメモ帳を取りし、図へ印をつけた。「父さん、俺は昔、を通すことばかり考えていた。

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そこにつの歩幅を考えたことがなかった」。清徳は笑った。「俺も、バスが予定刻に着くことばかり考えていたよ。着いてから客がどう歩くかなんて、ろしたの話だとっていた」。はしばらくち止まった。親子のには、今までよりくの会話がまれていた。

そのの午、営業所にの老がやってきた。具志堅タエだった。の朝、信子に付き添われて病院へこうとしていた女性である。今度は自分ので営業所まで来たという。「垣さん、あのは本当に腹がったよ」とタエは笑った。清徳も笑ったが、何と言えばいいか分からなかった。タエは続けた。「でもね、あれから私も、乗る所をちゃんと確かめるようになった。しいことを覚えるのは骨が折れるさ」。

タエはしい留所についても見を持っていた。今の所は以よりいが、信号のあるところまで歩けば全に渡れる。ただし午のい差しのでく待つのはつらい。清徳は苗と相談し、発の目をもっと分かりやすく掲示することにした。きな根をすぐ作れるわけではない。ならば、無駄な待ちを減らすことから始められる。

「困ったことを言いに来ても、ちゃんと聞いてくれるようになったね」とタエが言った。清徳はし恥ずかしかった。

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「は聞いていなかったですか」。タエは目を細めた。「聞いてはいたよ。ただ、いつもすぐ答えをそうとしていた」。その言葉に清徳は何も返せなかった。答えをくすことが、頼れる運転の条件だとっていたからだ。

帰り際、タエは清徳のを握った。「を取るとね、置いていかれるのが番怖い。が変わるは、私たちにちょっとをくれたらいい」。清徳は頷いた。の朝にを待たせた自分が、今度は『し待ってください』と老に言われている。その議な巡りわせを、彼はく忘れないだろうとった。

夕方、運転の誠が訓練を終えて庫へ戻った。必な確認や続きを経て、まずは指導を受けながら乗務へ戻る予定だという。清徳は「良かったな」とだけ言った。誠は頷いたが、笑わなかった。「まだ緊張します」。清徳は答えた。「緊張していい。決めた順は、緊張しているのためにもあるんだ」。

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