"昭和21年、米を没収された母が引き返した理由" 第6話
のに来た々
澄子は交番をびした。駅へるはもうなく、商を抜けて通りまで歩くしかない。途でりいの自転へ頼み込み、古い荷台付きの自転を借りた。片方のペダルがく、何度もを取られたが、転ばないことだけを考えて漕いだ。に着いたのは昼をし過ぎた頃だった。
のにはが集まっていた。隣の女性が澄子を見つけ、「丈夫か」と駆け寄ってくる。奥のの主は、らない顔をして戸を閉めた。のでは子が畳の端にち、田と別の警察官へ何かを説していた。悟は千代のを握り、母が現れるとようやく息をついたように目を伏せた。
「ごめんなさい」と子が言った。「お母ちゃんが帰るまで待ってと言うたけど、決まりやからって」
「ええんよ。何も悪ない」
田は続きを説し、澄子のち会いのもとで台所と物置を確認した。台所には麦の、干した根の切れ端、仕事用の糊が入った壺があるだけだった。箱の乳など隠せる所は最初からない。警察官が寝具をかすたび、千代が「なんでお布団見るん」と聞いた。澄子は答えられず、娘を抱きげた。
清が戻ってきたのは、調べが終わりかけただった。夫は部へ入るなり田へをげ、「署名したのは俺です」と言った。
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澄子はその言葉で、腰が抜けそうになった。夫は見たことのないに自分の名がかれているとりながら、偽物だとは言わなかったのだ。
「荷を受け取った、確かに名をきました。けど、妻の名を受領者にしたことはありません。ここへ箱を運んだ覚えもない」
「では、あなたの署名を誰かが写したと?」
「違います。俺がいた控えを、あとで別の送り状に付け替えたんやといます」
田は清のを見て、に何かかせた。清はで鉛を持ち、怪をしたでを押さえようとして、指を震わせた。送り状の署名と並べると、たしかに似ている。ただし最の画だけが違った。本の跡を真似たのか、名だけを切り取って写したのか、すぐには判断できない。田はを畳み、「これで調べが終わったわけではありません」と告げた。
警察官がると、の々はようやく散っていった。だが誰も普段のように澄子へ声をかけなかった。夕方、子が共同井戸へを汲みにくと、奥のの子が「おの、盗んだ物を隠してるんか」と聞いてきた。子は言い返さず、桶を運んで帰った。澄子が事を聞こうとすると、娘は「聞かんといて」とだけ言った。
夜、清は族のでの仕事を話した。赤井運送に呼ばれた、初めはにかれたとおりの荷を駅から運んだ。
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の途で別の倉庫へ入れられ、乳の箱のうち何箱かが見らぬ男の荷へ移された。清が抗議すると、赤井は「先方の指示や」と言い、変更の受領印まで見せたという。
「お父ちゃん、そのに警察へったらよかったやん」と悟が言った。
「せやな」と清は答えた。
「なんでかへんかったん」
「から働く所がなくなるのが怖かったんや」
悟はしばらく黙ったあと、「僕も箱を断ったらよかった」と言った。澄子は慌てて「それとこれとは違う」と息子の肩をつかんだが、清は首を振った。「違うけど、似てる所もある。俺らは、自分が怖かったから、子どもにまでしんどいいをさせてしもうた」。いつもは寡黙な夫の言葉に、子が顔をげた。
次の、の主が訪ねてきた。警察が来るを置いておくわけにはいかない、と回しに言う。澄子は「まだ何も決まってません」と頼んだが、主は「決まってからでは遅い」と答えた。賃の支払いも遅れている。今末までにきちんと払わなければ、考えてもらうことになると言い残して帰った。
その夜、澄子は母子寮の片桐へ会いにった。自分ののことを話すと、片桐はく黙り、「私も、預かった荷物の数をの言葉で信じすぎました」と言った。「届かなかったと気づいた、もっとくけたはずです」
。は自分たちの責任の形が違うことをっていた。それでも、誰かが困ると分かりながらけなかっただけは、よく似ていた。
帰り際、片桐は澄子へ枚のを見せた。箱の乳が届けられたことになっている付と、母子寮で事がりなくなり始めた付が、ほとんどなっている。「あの、うちに来ていた赤ん坊が、栄養ので衰しました。いま病院へ移っています」。澄子はを持つをく握った。清の仕事を守ろうとした沈黙が、誰かの命にどう関わっていたのか、数字ではもう考えられなかった。
「この子のお母さんには、もう話してあるんですか」
「荷が届かなかったことは。でも、誰が運んだかはまだ」
「私が話します。夫と緒に、きちんと」
片桐は頷いたが、澄子のを止めた。「それだけではりないんです。まだ同じような荷物がいているなら、次の箱を止めなければ」。その晩、澄子は初めて、盗まれた箱を探すだけでは事件が終わらないとった。
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