"昭和21年、米を没収された母が引き返した理由" 第7話
絹が来た
それから、田は絹を阪へ呼んだ。澄子が部へ入ると、絹は膝のに両をね、壁だけを見つめていた。丹波ので会ったのように、く米を量る力い姿はない。悟は母のろへ隠れたまま、絹が名を呼んでもへようとしなかった。
「澄子さん、ほんまにすまんかった」。絹はちがってをげた。「米は、あんたらがべるために渡したんや。取りげられるとわんかった」
「うちの子に箱を持たせたら、調べられることぐらい分かってたやろ」
「分かってた。けど、どこまで調べられるかは……」
「その言い方は、やめてください」
澄子の声は自分でも驚くほどきかった。田がを挟みかけたが、澄子は続けた。「うちには子どもがおる。米がなくなったらどうなるか、絹さんはってたはずや」。絹は再びをげた。それでも澄子のりはまらなかった。謝ってもらうためにここへ来たのではない。なぜ自分と悟が選ばれたのかを聞きたかった。
絹は夫を数にくし、成した息子の孝男と畑を守っていた。孝男は終戦、荷組の荷扱いを請け負うようになり、列に積む荷の封印を伝っていたという。初めは正しく運んでいた。ところがごろから、集荷で作った荷札とは違うき先へ荷が回されるようになった。
広告
孝男が審にって尋ねると、世話役の樋造から「余計なことを言うなら仕事をす」と脅された。
「その、孝男が封印の具をへ持って帰ったんです」と絹は言った。「もう使わせんつもりやった。せやけど組の男らが探し始めて、私も怖うなった」
「どうして警察へ持ってかなかったんです」
「孝男が荷の付け替えにを貸したのは事実やから。捕まるとうたんです」
息子を守るために具を隠し、それでも正を止めたかった。絹はつを同に叶えようとして、何もらない澄子の族へ押しつけたのだ。悟がぽつりと「僕やったら、箱をけんと運ぶとうたん?」と尋ねた。絹はに目を向け、「ごめんな」と言った。それ以の答えはてこなかった。
澄子は、絹がなぜ自分を頼ったのかも聞いた。、絹の夫が阪へ稼ぎに来て病に倒れた、澄子ので晩休ませたことがあった。その縁で連絡を取りっていた。絹は「澄子さんなら、困っても見捨てへんとった」と言ったが、澄子には褒め言葉には聞こえなかった。困っているに頼めば断りにくいと、分かっていたのだ。
田は絹の話を聞いたあと、孝男の方について尋ねた。最に見たのは週。丹波をる夜、孝男は母へ「の荷物を度もけずに運んだのが違いやった」
広告
と言い残している。どこへったかは分からない。絹は「阪へ来たかもしれん」と言ったが、田はそれを確かな報として扱わなかった。
帰り際、絹は澄子へさな包みを差しした。には米ではなく、芋と干した豆が入っていた。「償いにはならんけど、子どもさんに」。澄子は受け取らず、「田さんに話したことを、丹波のにも話して」と頼んだ。絹は頷いた。自分の息子だけでなく、組のの々にも迷惑がかかると分かっていて頷いたのだった。
夕方、澄子は久しぶりに母子寮へ寄った。片桐は、さな子ども用の布を干していた。数に衰して入院した赤ん坊は、しずつめるものが増えているという。澄子がほっとすると、片桐は「まだ帰れるとは言われていません」と付けした。よその子が元気になるまで、自分ののことを全部忘れていてよいわけではない。澄子は帰り、そのつを繰り返し考えた。
に着くと、清が子の作る袋を伝っていた。曲がりにくいでを押さえ、で糊をつけている。いつもの荷仕事へけなかったらしい。「赤井から、もう来んでええと言われた」と清は言った。子は黙ってをかした。父親が悪事を止められなかった理由だった仕事は、結局こうして失われた。
清はさらに言った。
「今、赤井の所から若い男が来た。孝男という名やった」。澄子は顔をげた。「何を言うてたの」。清は糊のついた指を拭き、「あの具だけでなく、次に運ぶ荷物まで止めてほしい、と頼まれた」と答えた。荷のるは、。き先は、また千鳥母子寮となっていた。
「田さんに言ったん?」
「まだや。あの男、の向こうに赤井のがおると気づいて、すぐ逃げよった」
澄子は玄関へ戻り、履を履こうとした。清が「今からどこへ」と止める。「警察へ」。夫は「俺もく」と言った。澄子は初めて、清が自分のためではなく、これから運ばれる荷を守るためにこうとしているのだとじた。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
妹の手術前に「家族やめれば?」――私はドナーを辞退した
幼い頃から父と継母に冷遇され、妹・直美の引き立て役として育った広美。家を出て新体操の夢を追っていた彼女は、重い肺の病気を患う妹を救うため、生体肺移植のドナー候補になることを決意する。 ところが手術前の食事会で、広美の席だけが用意されていなかった。 「なんで来たの? 家族やめれば?」 妹の冷酷な一言をきっかけに、広美は臓器提供を辞退する。さらに病院で見つかったのは、身に覚えのない署名がされた同意書だった。 家族の裏切りと隠された不正に向き合い、広美は自分の人生と夢を取り戻せるのか。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係2.9万字5 423 -
完結第13話
杉原千畝の査証を得た一家、母だけが出国できない
一九四〇年、リトアニア。故郷ポーランドを追われた十六歳のミラは、両親と弟とともに、杉原千畝が発給した日本の通過査証を手にする。しかし、それは長い逃避行の始まりにすぎなかった。 足りない旅費、次々と求められる書類、そして母の名前に生じた一文字の食い違い。ようやく出国の道が見えた時、許可されたのは家族四人のうち三人だけだった。 母を残して出発するのか、それとも全員で待つのか。見知らぬ人々の小さな善意に支えられながら、一家は生き延びるための道を探していく。 杉原千畝の「命のビザ」の史実を背景に描く、家族と希望の物語。時代|歴史|昭和2.7万字5 0 -
完結第20話
磨かなかった靴
昭和23年、上野駅前。靴磨きで生計を立てる十三歳の健太は、町の有力者・篠田が差し出した革靴を見た瞬間、磨くことを拒んだ。その踵には、三年前に生き別れた兄と一緒に縫った、忘れられない傷跡があった。 篠田の怒りを買い、仕事場を失った健太は、仲間たちと暮らしを立て直しながら兄の行方を追い始める。ところが調べるうちに、少年たちの年齢を偽った労働書類と、行方不明の兄の不可解な署名が浮かび上がる。 焼け跡の町で、一足の靴を手掛かりに隠された真実へ近づく少年の、勇気と再生の物語。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 39 -
完結第20話
7年伸ばした髪を妹に切られた日、婚約者まで笑った
七年間大切に伸ばしてきた髪を、妹の美緒に突然切り落とされた凛。ところが両親も婚約者の修も、泣きそうな彼女を見て笑うばかり。それどころか、凛が泣き出すまでの時間を賭けていた。 長年、家族のために自分の希望を諦めてきた凛は、ついに婚約を破棄し、遠く福岡への転勤を決意する。 だが、彼女が去ったあと、家族が遊び半分で撮影していた動画から、思いがけない事実が明らかになっていく。 失った七年間を取り戻すように、新しい人生を歩み始めた凛。彼女を笑い続けた人々を待ち受ける結末とは――。因果応報|人生逆転|嫁姑|夫婦|真相|第二の人生2.9万字5 808 -
完結第20話
昭和46年、優勝した妻に夫が告げた「帰るな」
昭和46年、大阪。48歳の主婦・榎本春子は、町内のボウリング大会で男性たちを抑え、見事優勝を果たした。しかし夫・信夫から返ってきたのは祝福ではなく、「そんなに好きなら、もう家には帰るな」という冷たい言葉だった。 小さな鞄を手に家を出た春子は、同じように自分の時間を持てなかった女性たちのため、ボウリング教室を始めようとする。 ところが、会場の予約に夫の会社が割り込み、申込書には身に覚えのない「本人了承済み」の文字が。 妻として、母として生きてきた春子が、初めて自分の人生を選び直す。昭和のボウリングブームを背景に描く、再出発の物語。時代|歴史|昭和2.8万字5 168