みかん小説
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"昭和21年、米を没収された母が引き返した理由" 第11話

謝って済まないこと

翌朝、の共同井戸には、いつもよりくのが集まっていた。赤井の倉庫の話はすでに広まっており、澄子たちが警察へ協力したこともられていた。隣の松尾の妻は「昨は遅かったね」と声をかけたが、そのに続く言葉が見つからないようだった。奥のの主は相変わらず、澄子と目をわせなかった。

子がかけようとすると、向かいの女が「変やったね」と声をかけた。娘は「まだ終わってません」と答えた。澄子はそれを聞いて、まったくそのとおりだとった。田が何箱を見つけても、赤井が何を認めても、の米は元へ戻らず、母子寮でりなかった々が消えるわけでもない。

そのの午、澄子と清は千鳥母子寮へった。片桐が奥から連れてきたのは、赤ん坊を入院させている若い母親、野里枝だった。歳の里枝は、産まもなく夫とまいを失い、寮へ来ていた。赤ん坊はまだ病院にいる。里枝は清を見ると、最初から分かっていたかのように言った。

「このが、あの箱を運んだですね」

清は頷いた。里枝はさな布をので丸め、「何で届かへんかったんですか」と尋ねた。清はに起きたことを話し、途で荷が移されたとりながら、仕事を失うのが怖くて分にらせなかったと認めた。

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「すみません」とをげても、里枝はかなかった。

「謝っても、うちの子が腹減らしたは戻らへんでしょう」

「はい」

「もし清さんのの子やったら、同じように黙っていられましたか」

清は唇を結んだ。何も言わないがく続いた。澄子は夫をかばおうとしてをきかけたが、やめた。答えるのは清自でなければならない。やがて夫は「黙っていられへんかったといます」と言った。その言葉を聞いて、里枝は初めて涙をこぼした。

「私らは、誰もりいがおらへん。荷を運ぶが止めてくれへんかったら、誰に頼んだらええのかも分からへんのです」。里枝はそう言い、赤ん坊の病院からのらせが来たら教えると約束せずに部へ戻った。澄子も清も、追いかけなかった。許してもらうために来たのではないと、とも分かっていた。

帰る途、清はの角でを止めた。「今まで自分のが苦しいことばかり見とった」。澄子は「私もや」と答えた。だが、そのすぐに首を振った。「自分の子どもをべさせることは、違いやない。そのためにの荷が消えるのを見過ごしたら、あかんかったんや」。清は頷いた。それ以、は何も言わなかった。

夕方、田が訪ねてきた。調べのみ具をらせに来たのだという。倉庫から保全した箱のうち、千鳥母子寮宛と確認できたものが箱あった。

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残り箱の持ち主を決めるには、さらに確認が必だった。また、町のへ渡った乳の数も、全部は分からない。輪と赤井は正な取引をめぐって引き続き調べられ、樋造についても組の責任を確認するという。

「さんの息子はどうなりますか」と澄子が聞いた。

「本が関わった作業も調べます。協力したからといって、したことがなくなるわけではありません」

「絹さんは」

「あなたの息子さんへ箱を預けたことは、別に記録しています。あの方も、自分の責任を説しなければなりません」

田はさらに、澄子が列で運んでいた米についても触れた。あの米は調べのために押さえられており、ほかの荷の事件がらかになったからといって、そのまま返せるものではないという。澄子は、その説を黙って聞いた。米の入の仕方に問題があることを、初めからっていた。子どもにべさせるためだったと言えば、何でも許されるとはっていない。だが、失ったものが戻らない現実をにすると、胸の奥が何度でも痛んだ。

田はさらに、送り状の受領者欄に澄子の名がかれた理由も説した。赤井運送の事務所から、清を雇ったの付けが見つかっていた。所と、緊急の連絡先として妻の名を記したである。清が荷を受け取った際の署名を、別の送り状へ写すために使われたとみられていた。

赤井はそれを否定していたが、もとの荷札には別の届け先が記され、から貼ったの糊跡も残っていた。

「わざわざ私のにしたんは、なんでですか」。澄子が聞くと、田は慎に答えた。「倉庫から荷がたことにするには、受け取った相がる。清さんのなら、付けから所がすぐ分かったんでしょう。実際にそこへ運んでいなくても、のでは荷が片づいたことになる」。澄子は畳ので拳を握った。働きたいとをげて渡した族の名が、まったく別のことに使われたのだ。

「うちを調べに来たは、子どもらが怖がりました」と澄子は言った。「あのらは、そこまで分かって名をいたんでしょうか」。田は「何をっていたかも調べています」と答えた。それ以は約束しなかった。澄子はその答えに腹をてかけたが、考え直した。腹をてる相は、分からないことを分かったふりしないではない。確かめもせず、誰かの族を荷物のき先にいたのほうだった。

清はその夜、雇われるにした付けをい返し、いこと黙っていた。本に無断で使われた名と、自分が見て見ぬふりをした積み替えは別の問題である。そこを緒にして、すべてを被害だと言い張ることはできなかった。「俺はを渡した。それが悪いんとちゃう。

せやけど、変やと分かったに止められへんかったのは俺や」と清は言った。澄子は度だけ頷いた。

それから、増田百が千鳥母子寮を訪ねてきた。で乳を売っていた女だった。百は何も売りに来たのではない。残っていた袋と、仕入れの際に渡されたさな包みを届けに来たのである。買ったの名はすべて覚えていない。それでも、どこから仕入れたか、どのくらい売ったか、っている範囲をへいてきたという。片桐が受け取ると、百は背の子を揺らしながら「また商売できるか分かりませんけど、黙ってたら自分も嫌になります」と言った。

澄子は百を見送り、彼女のさな背が混みに消えるまでっていた。百の持ってきたには、全部を解決するような力はない。だが仕入れた物を売ったが、き先を確かめる側へ回ることはできる。澄子は自分が最初に交番へ戻ったも、これと似た気持ちだったのかもしれないとった。正しさを証したかったのではなく、らないふりをして帰った自分の顔を、で子どもたちに見せたくなかったのだ。

田は帰り際、「あなたが最初に戻ってきたことが、箱をく見つける助けになりました」と言った。澄子はその言葉をべなかった。もしあのままへ帰っていたら、族はどうなっていただろう。

夫の荷仕事は続いたかもしれない。子は学で変な目を向けられなかったかもしれない。しかし寮の荷はさらに消えたかもしれない。どちらが正しかったか、単純には量れなかった。

翌、主がまたやってきた。今末の賃を持って来いと言う。澄子が待ってほしいと頼むと、主は「うちも税や修繕費があるんや」と答えた。主にも活がある。澄子は言い争う代わりに、清がしく始めた修理仕事の支払い予定を示し、に半分、翌に残りを払わせてほしいと頼んだ。主は難しい顔でしばらく考え、いた約束を置いていくなら受けると言った。

その夜、子が袋の内職をやめたいと言った。澄子は驚いたが、娘は理由をきちんと説した。「学を休まずにきたい。卒業したら働くつもりやけど、今だけは勉も続けたい」。娘が黙って働くことでの苦しさを埋めてきたのを、澄子はようやく正面から見た。清も「俺がをかす」と言ったが、子は「お父ちゃん、を痛めんといて」と言った。

族で仕事を分け直した。朝の汲みは清と悟、千代の支度は澄子、夕方の飯の支度は帰宅したが先に始める。袋の仕事は澄子が夜にしだけ引き受け、子には学へかせる。そう決めても、の収入が急に増えるわけではない。

だが誰かが黙って犠牲になるやり方を、続けないことだけは決められた。

数、片桐からが届いた。里枝の赤ん坊は、しずつ体が戻り始めたという。澄子は声にして読み、清へ渡した。夫はを折らずに机へ置き、いこと眺めていた。助かったからすべてが済んだわけではない。それでも、きて育つ子どものらせを聞けたことは、族にとってきかった。

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